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哲学者のひらめき アーカイブ

2008年01月03日

「哲学者のひらめき」を始める

 新カテゴリー「哲学者のひらめき」(笑)を開設する。
 ここでは、ひらめき段階のものを発表する。精密な文章になる前の段階のものである。

 これは、いわばRFC(Request For Comments)である。インターネットでは、たたき台になる文章に「RFC」と注記して発表する文化がある。たたき台になる文章にコメントを求めるのである。
 ひらめき段階で発想を共有するのである。共有して、多くの人で検討するのである。

 この「哲学者のひらめき」がそのような機能を果たすことを望んでいる。

2008年01月04日

お前(法務大臣)は、既にロボットなのだ

 次のような報道があった。 

 鳩山邦夫法相は25日の閣議後会見で、死刑執行に関して「法務大臣が絡まなくても自動的に(執行が)進むような方法を考えたらどうかと思うことがある」と述べ、死刑執行に必要な法相のサインがなくても自動的に執行が行われるようなシステムをつくるべきとする考えを明らかにした。(『産経新聞』2007.9.25.)

 誠に奇妙な主張である。
 もう既に、法務大臣は自動ロボットなのである。「自動的に執行が行われる」「システム」なのだ。
 法務大臣には何の自由も無い。刑事訴訟法で「6箇月以内にこれをしなければならない」と決められているのだから。
 法務大臣機関説である。
 法務大臣ロボット説である。

                      諸野脇@ネット哲学者


● 「法務大臣に責任をおっかぶせない死刑執行を」鳩山法相
 (9月25日12時19分配信 産経新聞)

 鳩山邦夫法相は25日の閣議後会見で、死刑執行に関して「法務大臣が絡まなくても自動的に(執行が)進むような方法を考えたらどうかと思うことがある」と述べ、死刑執行に必要な法相のサインがなくても自動的に執行が行われるようなシステムをつくるべきとする考えを明らかにした。問題提起としたうえの発言で、法務省に検討は命じていないという。

 死刑執行については、刑事訴訟法475条で「法務大臣の命令による」と規定。さらに同法475条第2項は、執行は死刑判決の確定後6カ月以内に行わなければならないと定めているものの、実際は確定から執行まで数年かかるのが通例となっている。

 鳩山法相は法律の規定と死刑執行の現状との乖離(かいり)を指摘したうえで、「法務大臣に責任をおっかぶせるような形ではなく、半年以内に死刑執行されなければならないと自動的に進むような方法がないのかなと思う」と述べた。

  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070925-00000907-san-soci


● 刑事訴訟法

第475条 死刑の執行は、法務大臣の命令による。

2 前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。

死刑執行ロボット(法務大臣)に「責任」など無い

 法務大臣は死刑執行ロボットである。
 刑事訴訟法475条第2項で、六ヶ月以内に死刑執行の命令を下すように義務づけられているのである。
 しかし、鳩山邦夫法相は言う。

 法務大臣に責任をおっかぶせるような形ではなく、……〔略〕……(『産経新聞』2007.9.25.)
 
 鳩山邦夫氏は、法務大臣に「責任」があると考えている。
 しかし、それは間違いである。法務大臣に「責任」など無い。ロボットに「責任」など無い。
 現行法では、法務大臣は六ヶ月以内に命令を下すように義務づけられている。命令を下さないという選択肢は無い。つまり、法務大臣には選択の余地が無いのである。
 選択できないものに「責任」は無い。

 自分で選択できないものについて、「責任」を求められても困る。自分で選択できないロボットに「責任」など無いのである。
 
 鳩山邦夫氏の発言に対して、社民党の又市征治氏は言う。
 重大な使命を放棄する、あるまじき発言。(NIKKEI NET 2007.9.28.)
 
 「重大な使命」など無いのだ。
 ロボットなのだから。必ず署名することを義務づけられているのだから。
 法務大臣は死刑執行ロボットである。
 
 まず、この事実を確認しよう。
 多くの人がこの問題について発言している。しかし、その発言のほどんどが間違っている。
 それは、この事実を見落としているからだ。
 法務大臣のロボット性に気がついていないからだ。
 
                      諸野脇@ネット哲学者
 


● 死刑執行「自動的に」、法相発言に野党から批判
 (NIKKEI NET 2007.9.28.)
 
 鳩山邦夫法相が死刑執行を巡り「法相が絡まなくても自動的に進むような方法を考えたらどうか」とした発言に、野党から反発が相次いだ。民主党の簗瀬進参院国会対策委員長は28日の記者会見で「極めて無原則だ」と批判。社民党の又市征治幹事長も「重大な使命を放棄する、あるまじき発言。福田康夫首相の任命責任も含め、国会で追及しないといけない」と強調した。

 法相の兄である民主党の鳩山由紀夫幹事長は記者会見で「あの人と思い浮かべて(執行の)ボタンを押すようなことをしたくない、という弟の優しさから出ているのかもしれない」としつつ「軽率な部分もあった」と述べた。(20:01)

 http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070928AT3S2801Y28092007.html


● 刑事訴訟法

第475条 死刑の執行は、法務大臣の命令による。

2 前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない。

2008年01月06日

法治国家・三権分立の否定だと分からないのか

 法務大臣は六ヶ月以内に死刑執行の命令を下すように義務づけられている。しかし、現実には、7年半の時間がかかっている。極端な場合は、死刑囚が獄中で寿命まで生きることすらある。
 次の事実を確認してもらいたい。
 
 1 法律を守らせる立場の法務大臣が、法律を破っている。つまり、法治国家を否定している。
 2 司法で決定された判決を行政が変えている。つまり、三権分立を否定している。

 法務大臣が定められた期限を守っていない。つまり、法律を破っている。法律を守らせる立場の人間が自ら法律を破っている。これは、法治国家の根本を揺るがす大問題である。異常な状態である。これでは次のように考える者が出ても当然である。「法務大臣が法律を守らないんだから、法律は守らなくていいんだ。」
 死刑判決は司法が出したのである。それを法務大臣という行政の長が覆してしまっている。獄中で寿命まで生きた場合は、事実上、死刑を無期懲役に減刑したことになる。これは、三権分立の原則を否定する行為である。
 つまり、法務大臣は死刑について「責任」を感じてはいけないのである。「責任」を感じて「死刑を執行していいかどうか。」と考えること自体が三権分立の否定になるからである。裁判の判決を否定することになるからである。
 
 実は、私は、法務大臣が主義を持って行動することを認める。確信犯として、〈法務大臣という立場を占拠して、死刑の執行を意図的に止める〉という主義もあり得るだろう。
 しかし、主義は首尾一貫したものでなくてはならない。自分が何をしているかを知らずに、その行為をおこなうようではいけない。
 つまり、自分の行為が「法治国家を否定して、三権分立を否定してる」という事実を自覚しなくてはならない。
 また、主義を持ってした行為だということを公開できなければならない。「〈法治国家・三権分立より人命の方が大切だ〉という判断をして死刑執行を意図的に止めている。」と公の場で言い切らなくてはならない。
 主義には、首尾一貫性・公開性が必要なのである。そのような主義でなければ、大したものではない。尊重する必要はない。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


2008年01月07日

死刑執行ロボット(法務大臣)を操作しているのは誰だ

 法務大臣は死刑執行ロボットである。
 ロボットには「責任」は無い。
 「責任」があるのは、ロボットを操作している者である。
 
 鉄人28号が東京タワーを破壊したとする。「責任」があるのは誰か。鉄人を操作している正太郎くんである。鉄人ではない。
 
 それでは、誰が、法務大臣を操作しているのか。
 次の法律によって、法務大臣は死刑執行ロボットにされている。

刑事訴訟法
第475条 死刑の執行は、法務大臣の命令による。
2 前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。
 
 この法律を定めたのは立法府である。国会である。国会議員である。
 そして、この法律を変えることが出来るのも国会議員である。
 だから、まず「責任」があるのは国会議員である。
 
 さらに考えよう。
 その国会議員を選んでいるのは誰か。
 我々である。日本国民である。
 最終的には、「責任」は我々にある。
 
 法務大臣は死刑執行ロボットである。
 そして、そのロボットを操作してるのは我々なのである。
 
                         諸野脇@ネット哲学者

2008年02月09日

デイトレーダーは「バカで浮気で無責任」か

 デイトレーダーについて、経済産業省の北畑隆生事務次官が次のように述べた。

 経営にまったく関心がない。本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつですから、会社の重要な議決権を与える必要はない。
 ● 経産次官「デイトレーダーはバカで無責任」 講演で発言 (asahi.com 2008.2.8.)

 デイトレーダーは「バカで浮気で無責任」なのか。
 経済産業省の次官が、このような観点でデイトレーダーを批判するのは適切か。
 適切ではない。
 デイトレーダーなしでは、経済も産業も成り立たないのだ。デイトレーダーは、経済・産業に必要不可欠なのである。
 なぜか。
 デイトレーダーは、市場に流動性を与えているのだ。

 長期投資家がある会社の株を買おうとしたとする。しかし、売ってくれる人がいなければ買うことは出来ない。その株を売ってくれるのはデイトレーダー(短期投資家)なのだ。
 長期投資家が株を売る場合も同様である。売るためには、買ってくれる人が必要なのだ。その時、偶然、長期投資家が株を買ってくれる確率はとても低い。何しろ、長期投資家は売買する回数が少ないのだ。買ってくれるのはデイトレーダーだ。
 
 さらに考えてみよう。デイトレーダーがいなければ、売りたい時に株を売れなくなる。売りたい時に売れないものを買う人がいるだろうか。流動性がなければ、市場自体が成立しなくなる。
 デイトレーダーがいなければ、株式を公開すること自体が不可能になる。株式を公開しようとしても、買う人がいなくなってしまう。産業界が資金を調達できなくなる。
 つまり、現在の経済・産業自体が成り立たなくなる。
 次のようなたとえが分かり易い。
 デイトレーダーは微生物なのだ。

 我々の世界は、微生物なしでは成り立たない。
 確かに、納豆菌は、大豆を納豆にしようとは思っていない。つまり、納豆菌は、大豆の「経営にはまったく関心」がない。だからと言って、納豆菌が「バカで浮気で無責任」だと批判する人がいたら、その人はどうかしているだろう。さらに、その人が納豆会社の社長だったら、正気を疑われるだろう。(笑)
 経済産業省の次官がデイトレーダーを「バカで浮気で無責任」と批判するのは、これと同じである。とても正気とは思えない。
 デイトレーダーは経済・産業に必要不可欠なのである。
 デイトレーダーは納豆菌なのである。
 納豆会社の社長ならば、納豆菌にはお礼を言うべきであろう。(笑)

                        諸野脇@ネット哲学者


2008年04月20日

江東区役所にはサービス精神とペンが無い

 江東区役所のお役所仕事に疲れている。(苦笑)
 
 1 江東区役所のK氏と約一時間話した。そして、最後に連絡先を伝えようとしたところ、「少々お待ち下さい。ペンを探しますから。」と言われた。江東区役所のK氏には、区民の話を真摯に聞いて、メモを取る習慣が無いらしい。ペンも無いらしい。
 2 私は、江東区の主張の根拠を示すように求めた。すると、法令集のコピーの束が送られてきた。しかし、それについて何の説明も無い。根拠になる条文にしるしをつけることすらしていない。私が条文を探し、どう根拠になるのか考えなければいけないらしい。
 3 上のような状態に対して抗議して、上司からの回答を求めた。しかし、具体的な弁解が無い。その前に、新しく現れた人物が上司かどうかすら分からない。上司だと名乗らないから。(苦笑)
 
 つまり、江東区役所には、区民と普通に話し合う姿勢が無い。まともに、会話が成り立たないのである。
 古くからの読者の方は、あの会社を思い出すであろう。
 そう。三菱地所である。
 
  【三菱地所の情報隠蔽体質批判1】
  ● インターネットによる情報公開は社会をどう変えるか
   
  【三菱地所の情報隠蔽体質批判2】
  ● 〈反-対話戦略〉を破壊せよ
   
  【三菱地所の情報隠蔽体質批判3】
  ● 情報公開は、だまされない権利を個人に保障するためのシステム
 
 江東区役所の対応は、この三菱地所の異常な顧客対応に似ている。
 あまりにひどい江東区役所の対応に疲れ果て、友人に次のように言う。
 
 「江東区役所の対応が三菱地所の異常な対応に似ていて、疲れる。」
 
 すると、笑いながら、次のように言われる。
 
 「三菱地所がお役所仕事なんですから、お役所の方が本家ですよ。」
 
 そうか。俺は今、お役所仕事の本家と闘っているのか。
 疲れるはずだ。(苦笑)
 

江東区役所は、お役所仕事をやめよ。(お役所にこう言うのも変な話だが。)

 これは、〈私の主張を認めよ〉という意味ではない。〈主張を認める認めないの前に、きちんと相手と向き合え〉という意味である。
 
 江東区役所にはサービス精神とペンが無いようである。
 サービス精神もペンも大切である。
 ちゃんと準備した方がいい。
 
                         諸野脇@ネット哲学者


〔補1〕
 サービス精神が無かった三菱地所は、その後どうなったか。
 社長が辞任せざるを得なくなった。(これは、土壌汚染隠しをしてマンションを売っていたからである。顧客に対して不誠実な対応をする体質に罰がくだったである。)
 異常な顧客対応を繰り返したI氏は、その後、会社を辞めたようである。(辞めさせられたのだろうと想像する。)
 
〔補2〕
 今のところ、江東区役所の担当者の名前は匿名にしている。武士の情けである。
 しかし、対応が改まらない場合は、実名で詳しく批判することも考えざるを得ない。
 江東区役所の異常な顧客(区民)対応の資料は十分に揃っている。
 役所という閉じた組織にいるから、その異常さに気がつかないのである。

2008年04月21日

欠点を自ら情報公開! 江東区役所はすばらしい!(苦笑)

 江東区のホームページを見る。
 次のような意見を発見し、「これはひどいな。」と思う。

ご意見
区政相談に行きました。
相談員はまあまあでしたが、「今日はどんな相談ですか?」と言い、メモをとることはしなかった。相手の気持ちになって、もっと親身になってもよいのでは。言われてから、メモを取った。頭に入っていると言っていた。
  http://www.city.koto.lg.jp/php/faq_detail.php?faqid=1740

 どうやら、江東区役所には「メモをとる」習慣が無いようである。
 私も同じ目に会っている。
 
  ● 江東区役所にはサービス精神とペンが無い
 
 これは「親身にな」っていることが感じられないお役所仕事である。もちろん、お役所仕事は悪い。
 しかし、注目していただきたい事実がある。
 この意見は江東区のホームページに載っているものである。江東区役所は、批判的な意見を自ら公開しているのである。欠点を自ら公開しているのである。
 この点で、江東区役所の情報公開は非常によい。
 江東区役所の情報公開の実例は次のページを見てもらいたい。
 
  ● いただいたご意見と回答
  
 批判的な意見も含めて、多くの意見が公開されている。(また、それに対する江東区役所の回答も公開されている。)
 すばらしい。
 批判的意見を情報公開することが必要である。
 自分に都合の悪い事実を情報公開することが必要である。

 江東区役所は、自分に都合の悪い事実を公表している。だから、私が江東区役所の言動を批判できたのである。逆に言えば、江東区役所は、私に批判してもらうことが出来たのである。批判は進歩の母である。
 しかし、このような情報公開は、なかなか出来ない。あなたが所属してる組織を考えて欲しい。あなたの会社はこのようなことが出来るであろうか。ホームページ上で意見を求め、批判的意見も含めて情報公開する。多くの会社は、そのようなことは出来ないだろう。

 このような観点で見ると、江東区役所は大変すばらしい。
 後は、お役所仕事を直すだけである。
 当面、まずメモを取ろう!(苦笑)
 

〔補〕
 ちなみに、上の意見に対する回答は下の通りである。
 これは、紋切り型の回答に過ぎない。だから、本当に「指導・監督を徹底」できているか疑問である。現に、私の時も、メモを取っていなかったのである。

回答
広報広聴課の区民相談窓口では、日頃から、区民の皆様からの様々な相談等に対して親切丁寧な対応に努めているところです。
また、相談内容については必ず記録をし対応をしておりますが、いただきましたご意見のように、職員の執務態度につき、区民の方から誤解を招くことのないよう、今後とも、本人をはじめ、他の職員にも改めて指導・監督を徹底してまいります。

2008年06月27日

山崎孝明 区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できるか

〔追記 8月14日〕

 山崎孝明区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できたか。
 改善できなかった。

 押田文子広報広聴課長から次のような手紙が届いたのである。 

 「区長へのメール」については、別紙1「区長への手紙の取扱いに関する要綱」の第3条(アンダーラインを引いてあるところです)に基づき実施しております。
 
 江東区の「要綱」など、どうでもいいのである。(苦笑)
 下の7月31日付の追記で、私は江東区の対応への不安を述べた。「担当課の上のレベルから指導」の必要性を述べた。
 普通ならば、相手の不安に応えようとするはずである。
 しかし、押田文子広報広聴課長は、それに一切応えず、次のように言ったのである。 
 江東区が決めた規則に従って、行動しています。
 
 相手の不安に一言も触れず、江東区の都合だけを述べたのである。
 正に、お役所仕事である。


〔追記 7月31日〕

 下の追記(7月7日付)の内容を「区長へのメール」に送った。
 すると、担当課長から「お詫びにお伺いしたい」との電話があった。
 しかし、会って大丈夫なのだろうか。(苦笑)
 今まで、お役所仕事を何度も繰り返してきたのである。今回だけが大丈夫であるとは信じがたい。我が家に来ても、またお役所仕事を繰り返すのではないか。とても不安である。
 通常、このような場合は、次のような対応をする。
 区長室長のような肩書きの人物から連絡がある。
 
 「ご指摘の事実を確認させていただきました。確かに、お役所仕事と言うしかない非常識な対応でした。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。担当課を厳しく指導しておきました。」
 
 担当課の上のレベルから指導が入るのである。そして、その事実を相手に伝えるのである。このような形式ならば、私も比較的安心できる。〈今までの対応とは違うのだろう〉と期待できる。
 現在の形式では、お会いするのは不安である。
 また、「区長へのメール」を出したのに、担当課が返事をするのは筋が違う。区長(または区長の代理人)が返事をするのが筋であろう。
 実は、「区長へのメール」にはシステム上の問題がある。詳しくは、次の文章をご覧いただきたい。
 
 ● あなたの区では「区長へのメール」が区長に届いていますか?(苦笑)
 
 しかし、これは今までになかった対応である。「お詫びにお伺いしたい」と積極的に問題を解決しようとしているのである。この対応は率直に評価したい。
 山崎孝明区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できたか。ある程度、改善できたのであろう。連絡が無いため想像するしかない。それが大きな問題なのであるが。(苦笑)


〔追記 7月7日〕

 山崎孝明区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できたか。
 改善できなかった。

 一昨日、杉本健一課長からの手紙が届いた。次のような文言があった。
 
  「私の返事がなかったとのことで誠に申し訳ありませんでした。」
 
 なんと、これだけなのである。(苦笑)
 しかし、これだけでは済まないはずである。
 これは、「宿題をやらずに申し訳ありませんでした」と言うだけで宿題をやらないようなものである。「申し訳」ないと思ったら、その時に書くべきだった「返事」を今回の手紙で書くべきである。その時に書くべきだった謝罪(ないし反論)を今回の手紙で書くべきである。
 それを一言で済ましてしまっているのである。正にお役所仕事である。
 つまり、〈お役所仕事を止めよ〉という趣旨のメールに対して、お役所仕事をし続けているのである。
 「区長へのメール」で山崎孝明江東区長に直接訴えても何の変化もなかった。山崎孝明江東区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できなかった。
 残念である。
 こちらとしては、後は、予告したことを粛々とおこなっていくまでである。
 

〔区長へのメール〕

江東区長 山崎孝明 様

 先日は、お手紙をいただき、ありがとうございました。
 一区民の要請に応じて、区長自らが手紙を出すというのは異例のことでしょう。
 もちろん、お手紙の内容には異論があります。しかし、意見の違いを越えて、山崎孝明区長の行為には敬意を表します。公権力を行使する責任者が、公権力を行使する理由を明示する姿勢には敬意を表します。
 
 しかし、不思議なことがあります。山崎孝明区長のお手紙は、江東区役所がお役所仕事で私に迷惑をかけていることに一言も触れていないのです。
 私は次の文章でお役所仕事の悪さを批判しました。
 
  ● 江東区役所にはサービス精神とペンが無い
   http://shonowaki.net/2008/04/post_36.html
 
 また、担当課にも再三お役所仕事を止めるように申し入れをしました。
 しかし、いまだにお役所仕事が改善されないのです。
 
 これは誠に不思議なことです。山崎孝明区長は、区民の意見に耳を傾ける姿勢がある方のようです。それなのに、私のお役所仕事批判に一言も応えない。また、お役所仕事自体も全く改善されない。不思議です。
 
 もしかしたら、江東区役所のお役所仕事の実態を山崎孝明区長はご存じないのかもしれません。つまり、杉本健一課長から、情報が山崎孝明区長に上がっていないのかもしれません。
 それならば分かります。この場合も、もちろん、山崎孝明江東区長には管理責任はあるでしょう。しかし、役所は大きな組織です。なかなか変えるのは難しいものです。私も、直接、江東区役所とやり取りして実感しました。実態が分かった時に、変えていけばよいのです。
 
 上のように考えましたので、この手紙は担当課を通してではなく、ホームページの「区長へのメール」からお送りさせていただきます。
 
 どうぞ、今までの経緯をご確認いただき、適切な対応をしていただけるようお願いいたします。
            
                                     2008.6.27.
                                          諸野脇 正
                    
〔補〕

 この文章は実験の文章です。政治家が、お役所のひどい対応を変えられるかどうかの実験です。
 なぜ、役人はお役所仕事を繰り返すのでしょうか。役人は、評価にさらされていないからです。区民に対してお役所仕事を繰り返しても、彼らは損をしないのです。言い換えれば、区民に向き合うインセンティブがないのです。ですから、担当課に何度言っても、対応が改善されないのです。
 しかし、政治家は役人とは違います。政治家は評価にさらされるからです。政治家には選挙があるのです。区民に向き合うインセンティブがあるのです。
 ですから、役人自身では解決できない問題も、政治家ならば解決できるはずなのです。山崎孝明江東区長に期待します。
 
 なお、対応が改善されたかどうかは「追記」で報告します。

2008年06月30日

あなたの区では「区長へのメール」が区長に届いていますか?(苦笑)

 山崎孝明江東区長にメールを送ろうとした。江東区のホームページの「区長へのメール」コーナーからである。
 次のような内容である。
 
  ● 山崎孝明 区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できるか


 しかし、「区長へのメール」の説明には驚くべき事実が書いてあった。  

 (2)ご意見等の内容に応じて、広報広聴課から担当する所管課に送付いたします。

 「区長へのメール」が区長に届かないのである。「担当する所管課」に送られてしまうのである。そして、「処理内容」が「区長決裁文章」になるだけなのである。(注1) 
 江東区役所の「区長へのメール」は区長に届かない。
 これでは「区長へのメール」ではない。
 
 仕方がないので、担当者にメールを送った。
広聴担当者 様

 「区長へのメール」は、通常は担当課に回されるようです。
 しかし、先のメール(公開書簡も含む)は、早急に区長に直接お渡しください。
 次の理由によります。
 
 1 このメールは担当課の対応の改善を区長に求めるメールです。ですから、担当課に回されては意味がありません。
 2 既に、公開書簡は広く知られる文章になっています。グーグルで「山崎孝明」を検索すると4番目にこの文章が出てきます。
 http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-15,GGLD:ja&q=%e5%b1%b1%e5%b4%8e%e5%ad%9d%e6%98%8e
 
 既に、区長の対応が必要な状態になっているのです。
 そして、広報広聴課が何もしなくても、山崎孝明区長はお気づきになるでしょう。
 早急に区長にお伝えください。(注2)


 「区長へのメール」が区長に届くようにするために努力が必要なのである。何かがおかしい。(苦笑)
 他の自治体はどうなっているのか。
 横浜市のホームページを見る。 
Q5:
「市民からの提案」や「市長陳情」は本当に市長が見ているのですか?
A5:
「市民からの提案」や「市長陳情」は、すべてデータベース化されており、市長はパソコンから常時、閲覧できます。……〔略〕……
 http://www.city.yokohama.jp/me/shimin/kouchou/qa.html#a5

 「すべてデータベース化されており、市長はパソコンから常時、閲覧できます」とある。(注3)
 市長が、「すべて」の「市民からの提案」・「市長陳情」を直接読むことが出来るのである。「市長陳情」を市長が読むことが出来る。当たり前のことである。
 もちろん、この方がよい。
 あなたの自治体のシステムは、どうなっているだろうか。 
 「区長へのメール」・「市長へのメール」を首長が直接読むことが可能なシステムになっているだろうか。
 
 ホームページから「区長へのメール」・「市長へのメール」などの名目でメールを受けつけることは簡単である。そのようなコーナーがあれば、〈開かれた自治体である〉という印象を住民に与えることが出来る。
 しかし、それは格好をつけただけに過ぎない。問題は中身である。そのメールをどのように扱うかである。
 
                       諸野脇@ネット哲学者 
 

〔追記 7月31日〕

 広聴広報課長から次のような手紙をいただいた。

 広報広聴課では、いただいたご意見(原文)と該当所管部署の回答を印刷し、月2回区長までの決裁を取っております。
 したがいまして、区長はいただいたご意見と、それに対する回答全てに目を通しております。
 
 区長が「全てに目を通して」いるのはよいことである。
 しかし、疑問がある。
 私の「区長へのメール」はどう扱われたのか。
 広報広聴課には、理由を述べて〈担当課ではなく、区長に直接渡して欲しい〉という趣旨を伝えた。広報広聴課は、私のメールを区長に直接渡したのか。渡さなかったのか。それが全く分からないのである。(当然、広報広聴課長は、手紙でそれを説明するべきであった。)
 この状態では、私は不安である。
 言い換えれば、次の二点が問題である。
 1 区長が「区長へのメール」を担当課が対応した後に見るシステムになっている。
 2 区長がどれほどの熱意で「区長へのメール」を見ているのかが分からない。

 「区長へのメール」と書いてあれば、多くの人は、そのメールが区長に直接届くことを想定する。区長がメールを読んで担当課に指示を出すシステムを想定する。しかし、江東区の「区長へのメール」はそのようなシステムになっていない。区長は、対応が終わった後に、結果を確認するだけのようである。(格好をつけずに「区役所へのメール」と名前を変えた方がよいのではないか。)
 やはり「『区長へのメール』は区長に届かない」のである。「区長へのメール」として送ったメールは、担当課に届いてしまうのである。
 だから、江東区の「区長へのメール」は、苦情を解決するシステムにはなっていない。苦情を訴えても、原則として、問題を起こした課に対応が任されるのである。区長(または区長室のような組織)が問題を起こした課を指導するシステムになっていないのである。
 独立した他者が担当課の対応を正すシステムが必要である。


(注1)

 念のため書く。
 江東区の「広聴」は比較的よい方なのである。
 次の文章で、そのよさを書いた。
 
  ● 欠点を自ら情報公開! 江東区役所はすばらしい!(苦笑)
     

 実は、「区長へのメール」がどのように扱われるのかを明確に説明しているのもよい。他の自治体と比較するとよい。
 どのように扱われるのかすら分からない自治体も多いのである。
 
 
(注2)

 このメールを受け取ったのは、広聴広報課のどなたなのか。
 受け取った方のお名前をお伝えいただけるようにお願いした。
 しかし、お返事がない。(苦笑)
 ご連絡、いただきたい。
 

(注3)

 横浜市の「広聴」はすごい。
 
  ● 「市民の声」の公表
  
 実に具体的な「投稿」と「回答」のやり取りが公開されている。さまざまな分野のやり取りが公開されている。
 中田宏市長が「すべて」の「市民からの提案」を「常時、閲覧」できるシステムが有効に機能しているのであろう。

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