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オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ

2007年04月02日

【オリコンの虚偽1】「発言の責任」と「出版の責任」を混同する

 さっそく闘おう。
 
 オリコンが、ジャーナリストの烏賀陽弘道氏個人に対して五千万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。雑誌『サイゾー』に載った烏賀陽氏のコメントによって、オリコンの「名誉が傷つけられた」と言うのである。
 このオリコンの言動を私は次の文章で批判した。
 
  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性  --反SLAPPの論理

 オリコンは異常な訴訟を起こしたのである。通常、このような場合は、出版社とジャーナリストの両者を訴える。しかし、オリコンは出版社を訴えずジャーナリスト個人だけを訴えた。
 そして、その理由として次のようなものを挙げた。(この理由は、私がまとめたものである。実際にオリコンが発言している部分はカギカッコで明示した。)

 烏賀陽氏は、その「発言」について「発言は自分が責任をもって行ったものと明言」している。
 奇妙な論法である。
 私は、この論法を次のように批判した。
 ……雑誌の電話取材に応えた場合、コメントしたジャーナリストが一定の「責任」をもっているのは当たり前である。
 しかし、ジャーナリストに「責任」があるからと言って、出版社に「責任」が無い訳ではない。出版社には、その「事実誤認に基づく」「発言」を広めた「責任」がある。両者には、別種の「責任」があるのである。
 オリコンは、なぜ、出版社の「責任」を問わないのか。誠に奇妙である。
 オリコンは「発言の責任」と「出版の責任」を混同している。「発言の責任」を認めた場合でも、「出版の責任」を認めたことにはならない。「発言」を広めた「責任」を認めたことにはならない。
 オリコンの論法は間違っていた。オリコンは虚偽の論法を使っていたのである。(注)

 これは一例である。
 オリコンの論法は虚偽だらけである。
 これは、学問上の観点からはありがたいことである。
 オリコンは、哲学的分析の素材をたくさん提供してくれたのである。
 
 虚偽の論法の分析は、哲学の華である。論理的思考の華である。
 虚偽の論法を分析することによって、虚偽の論法への対処法を学ぶことが出来る。
 虚偽を発見し、適切に対処することは大切である。もし、それが出来なければ、騙されてしまう。騙されて、いつの間にか五千万円を払わせられてしまうことにもなりかねない。
 また、虚偽の論法の分析によって、理論を作ることが出来る。間違いが間違いであることを明確にするためには、こちらが理論的にならざるを得なくなるのである。
 
 次回以降、さらにオリコンの論法の虚偽を分析する。
 

 (注)
 哲学用語での「虚偽」とは、「間違った論証」のことである。
 「虚偽」は、必ずしも悪意があることを意味しない。悪意がある場合と単なる間違いの場合との両方を含む語である。この点、注意が必要である。
 それに対して、「詭弁」は「人を騙そうとする悪意を持っておこなう間違った論証」のことである。
 「虚偽」と「詭弁」とは意味が違うのである。

【オリコンの虚偽2】〈烏賀陽氏は富豪ジャーナリスだ〉ということにしてしまう

■ 烏賀陽氏が全てを支配している?

 オリコンは、出版社を訴えず、個人ジャーナリスだけを訴えた。
 このような異常な訴訟を正当化する訴状を作るのは難しいではずである。
 オリコンの訴状を見てみる。(『音楽配信メモ』より)

 被告〔烏賀陽氏〕は訴外インフォバーンをして、同社の販売網を通じて本件記事を掲載する「サイゾー」を全国各地に頒布せしめ、その結果、本件記事を不特定多数の者の目に触れる状態に置いた。
 分かりにくいので、要点だけ抜き出してみよう。
 烏賀陽氏は、インフォバーンをして、「サイゾー」を全国各地に頒布せしめた。

 我が目を疑う思いである。
 烏賀陽氏が、インフォバーン社を使って、雑誌「サイゾー」を全国に「頒布」させたらしい。全国に配本させたらしい。「頒布」させた主体が、烏賀陽氏になっているのである。
 なぜ、個人ジャーナリストにそんなことが出来るのか。烏賀陽氏はインフォバーン社の支配者なのか。


■ 宣戦の詔勅

 上の文は、次のような形になっている。

 ~は、~をして、~せしめた。

 この「~は」の部分には、行為の主体が入る。力を持っている者が入る。
 例えば、次のようにである。
 朕は政府をして事態を平和の裡に囘復せしめむとし……
  ●宣戦の詔勅

 「朕」とは、天皇である。天皇だから、「政府」に指示をして「平和の裡囘復」することを目的に出来るのである。行為の主体になれるのである。
 烏賀陽氏も行為の主体らしい。烏賀陽氏が「インフォバーン」を使って「『サイゾー』を全国各地に頒布」させる。ものすごい権力を烏賀陽氏が持っていることになっている。
 
 
■ 烏賀陽氏は富豪ジャーナリストなのか?

 上の文言は誠に奇妙である。しかし、百歩譲ってみよう。烏賀陽氏は大変な権力者だと想定してみよう。それは、どのような状態か。

 一見、烏賀陽氏は、ただの個人ジャーナリストのように見える。しかし、実は、烏賀陽財閥の御曹司なのである。
 インフォバーン社は、烏賀陽グループ傘下の会社である。だから、烏賀陽氏は実質的にインフォバーン社を支配している。だから、「俺のコメントを『サイゾー』に載せて全国各地に頒布せよ。」とインフォバーン社に指示できるのである。
 烏賀陽氏は、昼間は、さえない個人ジャーナリストである。しかし、夜になってメガネを外すと、なぜか、人相まで二枚目に変わる。愛車は、もちろんフェラーリ・モデナだ。烏賀陽氏は軟弱に見えるが、服を脱ぐと筋骨隆々だ。夜になるとその体で……〔以下自粛〕……

 これでは漫画だ。
 もちろん、この想定は非常識である。
 しかし、訴状では、烏賀陽氏に大きな権力があることになっている。烏賀陽氏が行為の主体になっている。名誉毀損行為の主体になっている。つまり、「発言の責任」だけでなく「出版の責任」まで烏賀陽氏に負わせる形になっている。
 烏賀陽氏は、インフォバーンをして、「サイゾー」を全国各地に頒布せしめた。

 これは〈烏賀陽氏が富豪ジャーナリストだ〉という非常識な主張である。
 もちろん、これは虚偽の主張である。
 

【オリコンの虚偽3】相手の発言を「捏造」して批判する

 オリコンは、烏賀陽氏のコメントが「事実誤認」だと主張している。烏賀陽氏が「オリコンは調査方法をほとんど明らかにしていない」と「事実誤認」のコメントしていると言うのである。そうではなく、オリコンはきちんと「調査方法の開示」をおこなっていると言うのである。
 オリコンは、その「経緯」を次のようにまとめている。(「ジャーナリスト烏賀陽氏への提訴についての要点整理」より)

(ランキングの調査方法の開示についての主な経緯)
平成15 年7 月7 日  弊社発行の「ORIGINAL CONFIDENCE」誌の
             平成15 年7 月7 日号(第1891号)において、
             ランキングの調査協力店一覧の開示を開始
平成16 年9 月6 日  弊社のWEBサイト「ORICON STYLE」において、
             ランキングの調査協力店一覧、並びに調査方法
             についての説明を掲載開始
平成18 年3 月    月刊誌「サイゾー」平成18 年4 月号において
             烏賀陽氏が、「オリコンは調査方法をほとんど
             明らかにしていない」とコメント(注1)

 この「経緯」を読むと、烏賀陽氏が「事実誤認」をしているように思える。
 しかし、この「経緯」自体が「捏造」されたものなのである。(注2)
 オリコンは、烏賀陽氏のコメントを「捏造」しているのである。(注3)
 オリコンは烏賀陽氏が次のようにコメントしたと言う。
 オリコンは調査方法をほとんど明らかにしていない

 しかし、実際の烏賀陽氏のコメントは次の通りである。
 そもそもオリコンは不思議な団体で、『オリコン独自の統計手法だ』と言い張ってその方法をほとんど明らかにしないんですよ。

 「調査方法」と「統計手法」は同じなのか。
 いや、違う。
 ずばり言えば、「統計手法」の中核は計算式である。集めたデーターをどのような計算式で処理するのか。例えば、ビルボードはCDの売上枚数(ネットでのダウンロードを含む)とラジオでの放送回数の評価を「1:2」に設定している。(「全米チャートの基礎知識」(2)参照 )
 オリコンがサイトで発表しているのは次のような文章である。
 音楽・映像ソフトを販売している全国約3020店の小売店(CDショップ、各専門店、レンタルや書籍等を扱う複合店、家電量販店など)、インターネット通販、CDショップを通したイベント会場等の売上調査をもとに、全国の週間売上推定数を算出したものです。

 しかし、これだけでは「統計手法」ではない。
 集めたデーターをどのような計算式で処理しているのか。例えば、大手CDショップと小規模小売店の扱いは同じなのか。それとも、何か変数をかけるのか。これが「統計手法」の中核である。
 だから、「統計手法」を「明らかにしていない」という烏賀陽氏の主張は正しい。
 しかし、上のオリコンのプレスリリースだけを読むと、読者は烏賀陽氏の主張が間違っているような印象を持つだろう。オリコンが烏賀陽氏の発言を「捏造」したからである。「調査方法」と変えてしまったからである。
 
 つまり、オリコンは〈相手が言っていないことを「捏造」して批判する〉虚偽を犯したのである。
 このような「捏造」に注意しなくはならない。
 自分が言ってもいないことを言ったことにされて、批判されてはたまらない。
 そのような状態に陥らないように、気をつけなくてはならない。

(注1)
 オリコンは次のように書いた。

 烏賀陽氏が、「オリコンは調査方法をほとんど明らかにしていない」とコメント

 しかし、烏賀陽氏はそのようなコメントをしていなかった。これは大きな問題である。
 カギカッコを使った場合、その中は、一語一句変えてはいけない。烏賀陽氏が言った通りの文言を書かなくてはならない。
 これが引用の原則である。この原則をオリコンは踏み外している。
 オリコンがこのような行為をするならば、オリコンの引用は全て信用できなくなる。全て疑ってかからなくてはならなくなる。「捏造」しているのではないか、と。

(注2)
 オリコンが捏造しようという意志をもっていたかどうかは分からない。非常に言語能力が低く「調査方法」と「統計手法」の区別がつかなかっただけかもしれない。だから、「捏造」とカギカッコを付けた。

(注3)
 実は、私も、この「捏造」を見落としていた。ネット上の次の書き込みで教えてもらった。
 お礼申し上げる。

【オリコンの虚偽4】小池聰行社長が認めた事実すら否定する

 オリコンの訴状は言う。

 なお、被告は、「『オリコンの数字はある程度操作が可能だ』というレコード会社員の話も複数聞いたことがあります。」などとして、第三者からの噂ないし風評を引用しているが、その場合であっても読む者をして、その内容たる事実が実在するとの印象を与えるのであるから、名誉毀損が成立することは明らかであり、これは裁判実務上も定着している。

 実は、「オリコンの数字はある程度操作が可能だ」という話は、私も聞いたことがある。
 オリコンに訴えられるから、書かない方がいい?
 いや、絶対に大丈夫である。訴えられるおそれはない。
 私が、その話を聞いたのは、オリコンの創業者の故・小池聰行氏からだからだ。
 小池聰行氏はインタービューに答えて次のように言った。

 --ところが、レコードを買い占める会社があって、そのサンプル店のデータに操作の手を加えているでしょう。

 「ええ、そうですね。現実にそういう会社があることも否定しません。……〔略〕……」  (『噂の眞相』1983年8月号

 小池聰行氏自身が「ええ、そうですね」と「操作」の存在を認めているのだ。
 つまり、小池聰行氏自身が「オリコンの数字はある程度操作が可能だ」という事実を認めているのだ。
 オリコンは、烏賀陽弘道氏を訴える前に、小池聰行氏を訴えるべきであろう。(原理的には。)
 さらに、ABCプロモーションの会長の山田廣作会長は次のように言う。

 「音事協の内部でも、オリコンのあこぎな商法に対する疑惑や非難の声が、日ごとに高まっている。」  「その〔レコード買い占め会社の〕一つに、かつてクロスオーバーという会社がありましてね。何百万か払えば二週目に三十位、三週目には二十位にしてみせるというわけですよ。そこで、実際にやってみたら、オリコンのヒットチャートはその通りになった。それから判断しても、おかしいと思うでしょう。」(『噂の眞相』1983年7月号

 山田会長、捨て身の告発である。
 〈おれがチャートを操作しようとしたら、出来たぞ。だから、オリコンのチャートはおかしいぞ。〉と。(苦笑)
 オリコンは、まず、山田会長を訴えた方がよかったのではないか。
 オリコンが大切にしている「チャートの信用性」を疑わせる発言をしているのだから。
 
 もちろん、これらは、1983年当時のことである。
 しかし、山田氏の告発は、実名を挙げてのものである。実名を挙げて、自分がチャートを「操作」したと認めているのである。これは重要な証言である。
 さらに、当時の社長である小池聰行氏自身が「操作」の存在を認めていたのである。これも重要な証言である。

 だから、烏賀陽弘道氏は、小池聰行氏と同じことを言ったに過ぎない。「操作」が存在するという事実は、既に小池聰行氏が認めているのである。
 オリコン創業者と同じことを言っただけなのに、烏賀陽氏は名誉毀損で訴えられたのである。

 創業者の小池聰行氏の証言をオリコンは忘れてしまったのか。
 誠に、不自然である。

 オリコンは、何が何でも、チャートの「操作」は存在しないことにしたいらしい。(または、小池聰行社長の証言を忘れてしまうほど、記憶力に問題があるらしい。)
 これは〈都合が悪い事実の存在自体を否定する〉虚偽である。

2008年04月27日

【オリコン訴訟】東京地裁が〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決を出す

 オリコン・烏賀陽訴訟で、東京地裁の判決が出た。次のような内容である。(注)

 烏賀陽弘道氏はオリコンに百万円を支払え。烏賀陽氏側の反訴は棄却する。

 誠に異常な判決である。強い憤り感じる。
 この判決は、一言で言えば、〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決である。
 この判決は次のような事実を示した。
 電話取材を受けコメントしただけで、訴訟を起こされ数百万円のお金を取られる可能性がある。また、出版社を訴えず、コメントした人だけを訴えてもよい。
 
 これはSLAPP(恫喝訴訟)を認める判決である。司法を利用した嫌がらせを認める判決である。
 このような判決が認められれば、ジャーナリズムは成立しなくなる。
 この判決は、どのような世界を導くのか。
 電話取材に答える人はいなくなる。そんなリスクを負って、電話取材に答える人はいないであろう。
 電話取材だけが危険なのではない。これは情報源への攻撃なのである。ありとあらゆる取材に答えることが危険である。訴訟の対象にされて高額な賠償金を求められる可能性がある。しかも、出版社から切り離されて、自分一人だけが訴えられるのである。
 このような危険性があっては、情報源が口を閉ざしてしまうであろう。つまり、ジャーナリズムが成立しなくなるであろう。
 
 東京地裁の判決は、正に〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決なのである。
 既に、このような危惧は、烏賀陽弘道氏自身が詳しく述べている。
 
  ● オリコン訴訟について烏賀陽はこう考えます
 
 私も、次の文章でオリコン訴訟の危険性を指摘した。
 
  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性  --反SLAPPの論理
 
 しかし、それにも関わらず、〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決が出てしまった。
 なぜ、このような異常な判決が出たのか。裁判長の綿引穣氏が虚偽だらけの異常な思考をしているからである。
 東京地裁の判決は、虚偽だらけの異常な判決である。(私は、東京地裁の判決文を繰り返し読んだ。不快さのあまり気分が悪くなった。)
 東京地裁の判決文は虚偽だらけである。今後、連続して東京地裁の虚偽を指摘していく。つまり、異常な判決がどのように異常かを説明していく。

                        諸野脇@ネット哲学者
 
(注)

 詳しくは以下の記事を参考。
 
  http://www.ohmynews.co.jp/news/20080422/23819
  http://www.news.janjan.jp/media/0804/0804225490/1.php
  http://www.j-cast.com/2008/04/22019316.html
  
 判決文の原文は次の通り。
 
  http://ugaya.com/column/080422oricon_verdict.pdf
 

2008年04月30日

【オリコン訴訟 判決批判1】東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽

■ 虚偽だらけの綿引穣判決

 東京地裁・綿引穣裁判長の判決は虚偽だらけである。(注1)
 例えば、綿引穣裁判長はオリコンが烏賀陽弘道氏個人を訴えることを認める。SLAPP(恫喝訴訟)を容認する論を展開する。次のようにである。 

 一般に、不法行為責任を負担する者が複数存在する場合に、その被害者が全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務を負うことはない。
 したがって、原告が、本件雑誌(サイゾー)の発行者や本件記事(サイゾー)の編集者に対して訴訟を提起せず、被告〔烏賀陽氏〕に対してのみ訴訟を提起したことをもって、本訴の提起を違法と評価することはできない。
 〔東京地裁判決 41ページ〕

 これは虚偽の論法である。
 「一般に」「全ての不法行為責任者」を訴える「義務」が無いからと言って、名誉毀損訴訟において出版社を訴える「義務」が無いとは言えない。
 名誉毀損訴訟の場合は、必ず出版社を訴えるべきである。訴える「義務」がある。なぜか。
 名誉毀損の「主犯」は出版社だからである。「主犯」を抜きにして、「従犯」であるコメント提供者だけを訴えるのは著しく不合理だからである。もっとも重要な「不法行為責任者」を抜きにした訴訟は著しく不合理だからである。


■ 拳銃を撃った実行犯を訴えない訴訟を認めるのか

 次のような喩えが分かり易いであろう。 

 殺人事件が起こった。
 実行犯と実行犯に拳銃を渡した者の二人が逮捕された。
 しかし、なぜか、実行犯は訴えられない。拳銃を渡した者だけが訴えられる。
 「全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務」は無いからである。
 
 綿引穣裁判長はこのような訴訟を認めるのか。
 殺人事件で実行犯を訴えないことはありえない。
 拳銃だけでは殺人は成立しない。拳銃を発射する行為があって初めて殺人は成立するのである。だから、実行犯を訴えない訴訟はどう考えても不合理である。
 名誉毀損もこれと同様である。コメント(拳銃)だけでは名誉毀損は成立しない。出版(拳銃を発射する行為)があって初めて名誉毀損は成立するのである。(注2)

 
■ 損害額全額の支払いを実行犯でない者に要求する異常さ

 さらに、具体的に問おう。
 綿引穣裁判長は、烏賀陽弘道氏に対してオリコンへ100万円を支払うように命じた。
 この100万円は、どういう金額なのか。
 綿引穣裁判長は言う。

 ……〔略〕……本件コメント(サイゾー)による名誉毀損によって原告が被った損害の額は、100万円と認めるのが相当である。
 〔東京地裁判決 41ページ〕
 
 「損害の額は、100万円」とある。これは「損害」の総額である。
 なぜ、「損害」の総額を「従犯」である烏賀陽弘道氏が全額払わなければならないのか。もし、払う必要があるのならば、「主犯」である出版社と烏賀陽弘道氏が共同で支払うのが当然である。責任の割合に応じて負担するのが当然である。
 先程の喩えを思い出して欲しい。 
 家族を殺害された遺族が損害賠償請求の訴訟を起こす。しかし、なぜか、実行犯は訴えられない。拳銃を渡した者だけが訴えられる。そして、損害額が1億円と認定される。その損害額全額が拳銃を渡した者に請求される。
 
 綿引穣裁判長はこのような状態を認めるのか。
 著しく不合理であるとは考えないのか。

 
■ 正しい判決文はこうだ

 要するに、綿引穣裁判長は虚偽の論法を使ったのである。名誉毀損の実態を踏まえずに、一般論を過剰に適用したのである。
 先の判決文を正しく直せば次のようになる。 

 一般に、不法行為責任を負担する者が複数存在する場合に、その被害者が全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務を負うことはない。
 しかし、主要な不法行為責任者に対して訴訟を提起しない行為は、著しく不合理である。名誉毀損は出版抜きでは成立しない。ゆえに、出版社に対して訴訟を提起しない場合、著しく妥当性を欠く訴訟であると判断される。
 ゆえに、オリコンの訴えは妥当性を欠く。

 綿引穣裁判長はこう言えばよかったのである。
 しかし、綿引穣裁判長は、名誉毀損の実態を見ずに一般論を適用した。虚偽の論法を使ってしまった。


■ 重大な問題を引き起こす虚偽の論法

 綿引穣氏の論法を使えば、次のようにさまざまな間違った主張が出来る。 

 一般に、鳥は空を飛ぶ。したがって、ニワトリは空を飛ぶ。〔「空を飛ぶ」というほど長い距離は飛べない。〕
 一般に、裁判官は論理的である。したがって、綿引穣裁判長は論理的である。〔明らかに論理的ではない。〕
 
 これは、一般論を不適切な特殊例に適用してしまう間違いである。
 このような間違いを〈一般論過剰適用の虚偽〉と名づけよう。一般論を、適用するべきでない事例にまで過剰に適用してしまう間違いである。(注3)
 綿引穣裁判長がこのような虚偽の論法を使っていることは重大な問題である。このような虚偽の論法でSLAPP(恫喝訴訟)が認められてしまっている。個人に不当な負担が課せられている。そして、ジャーナリズムが危機に瀕しているのである。
 虚偽の論法が重大な問題を引き起こしているのである。
 だから、次回以降、さらに綿引穣判決の虚偽を批判していく。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 哲学用語での「虚偽」とは、「間違った論証」のことである。
 一般的に「虚偽の主張をした」と言えば、「意図して嘘の主張をした」という意味になるだろう。しかし、哲学用語では、単に「間違った主張をした」という意味になる。
 哲学用語の「虚偽」には、意図を批判する意味は無い。
 この点、注意していただきたい。
 

(注2)

 もちろん、烏賀陽弘道氏のコメントは名誉毀損に問われるような内容ではない。だから、烏賀陽弘道氏のコメントは「拳銃」ではない。しかし、ここでは話を分かり易くするために、烏賀陽弘道氏のコメントが「拳銃」であるという比喩を使っている。
 だから、もちろん、烏賀陽弘道氏は「従犯」でもない。


(注3)

 これは、哲学・論理学の世界では、「単純偶然の虚偽」として知られる虚偽である。 

単純偶然の虚偽〔fallacy of direct (simple) accident〕
 一般的主張を特殊の場合にそのまま適用するために生じるアヤマリ〔思想の科学研究会編『哲学・論理用語事典』三一書房、184ページ〕
 
 しかし、なんとも名前が分かりにくい。
 だから、〈一般論過剰適用の虚偽〉と名づけた。


〔補論〕

 念のため、出版社が「主犯」である理由を詳しく説明をしておこう。
 それは、名誉毀損が成立するためには出版が不可欠だからである。
 例えば、私のノートにこのような内容が書いてあったとする。 

 オリコンのチャートは予約枚数もカウントされている。大手レコード会社は、大量買い取りなどでオリコンのチャートを操作しようとしている。お金をもらって、オリコン自身がチャートを操作したこともあるらしい。
 実は、オリコンはヤクザのフロント企業である。小池恒社長の背中には刺青が入っている。……

 どんなことがそのノートに書いてあってもいい。
 それが出版されない限り、ノートの内容を他者が読むことはない。出版されて初めて、読者の目に触れる。多数の目に触れる。多数の目に触れることによって、評判の低下が起こる。つまり、名誉毀損が起こるのである。
 つまり、出版されない限り、名誉毀損は成立しないのである。 
 名誉毀損が成立するためには出版が必要不可欠である。
 
 出版を抜きにした名誉毀損はあり得ない。
 つまり、名誉毀損の「主犯」は出版社なのである。


2008年06月15日

【オリコン訴訟 判決批判2】オリコンが明言した「殺意」を無視する異常な判決

■ 損害額が五十分の一に減額されても「妥当」?

 東京地裁・綿引穣判決に対して、オリコンが次のようなコメントを発表している。

  ……〔略〕……このような判断が示されたことを、きわめて妥当なことと考えております。
   ● 訴訟の判決に関するお知らせ ( 2008-04-22 )
 
 誠に奇妙なコメントである。
 なぜ、「妥当」なのか。納得いかない判決ではないのか。損害額が五十分の一に減額されているのである。
 オリコンは、損害賠償として五千万円を請求していた。それにも関わらず、損害額が百万円しか認められなかった。
 普通に考えれば、オリコンは不服なはずである。
 だから、普通ならば、次のようなコメントを出すはずである。 
  ……。しかし、損害額が正当に評価されなかったのは残念である。
 
 それなのに、オリコンは「きわめて妥当なこと」と言う。
 なぜ、「妥当」なのだろうか。
 実際には、五千万円の損害を被っていないからであろう。五千万円の損害を被っていたら「妥当」などとは言っていられない。悔しい気持ちになるはずである。


■ 〈損害賠償目的〉ではなく〈言論抑制目的〉だから、五十分の一でもいいんだ

 オリコンは、判決で損害額を五十分の一に減額されても「妥当」と言う。誠に奇妙である。 

 百万円で「妥当」ならば、最初から百万円の損害賠償を求めればよかったのだ。
 
 オリコンは、百万円で「妥当」なのに、五千万円の損害賠償を求めた。つまり、そのような金銭的被害を受けていないのに、高額訴訟を提起したのである。(注1)
 現に、訴訟を提起した理由をオリコン社長・小池恒氏は次のように言っていた。 
 我々の真意はお金ではありません。……〔略〕……烏賀陽氏に「明らかな事実誤認に基づく誹謗中傷」があったことを認めてもらい、その部分についてのみ謝罪をして頂きたいだけです。その際には、提訴をすぐに取り下げます。
  ● 「ライター烏賀陽弘道氏への提訴」について
 
 また、『J-CAST ニュース』において、オリコンのIR担当者は次のように言う。 
 賠償金が欲しいというのではなく、これ以上の事実誤認の情報が流れないように(多額の賠償金を課すことで)抑制力を発揮させたい
  ● 雑誌にコメントしたライター 5,000万円賠償請求される
 
 オリコンは自ら〈「お金」・「賠償金」が目的ではない〉という趣旨を述べていた。〈「抑制力を発揮」させることが目的である〉とういう趣旨を述べていた。
 この事実を踏まえれば、賠償金が百万円でもオリコンが満足である理由がわかる。もともと、〈損害賠償目的〉ではなく〈言論抑制目的〉の訴訟だったのである。SLAPP(恫喝訴訟)だったのである。だから、オリコンは賠償金がいくら減額されようとかまわない。〈言論抑制〉が達成できればいいのである。


■ 〈言論抑制目的〉のオリコンの訴訟を綿引穣裁判長はどう判断したか

 つまり、オリコンは、本来の目的ではない目的で裁判所を利用しているのである。
 損害賠償を求めるのは、損害が発生しているからである。損害が無いのに、損害賠償を求めるのは裁判制度の濫用である。別の目的で訴訟を起こすことは裁判制度の濫用である。
 言い換えれば、裁判所はなめられているのである。
 このようなオリコンの言動に対して東京地裁・綿引穣裁判長はどのような判断を下しているか。 

 ……〔略〕…… 一般に、名誉毀損訴訟においては、被害額が高額に設定されるのが通常であって、請求額と容認額との間にかなりの差が生じることも稀ではない。したがって、原告が5000万円の損害賠償を求めていることをもって、本訴の提起を違法と評価することはできない。(注2)
 〔東京地裁判決 41ページ〕
 
 分かり易く言い換えてみよう。 
 名誉毀損訴訟では、ふっかけるのが当たり前なんだよ。
 だから、ふっかけてもいいんだよ。
 
 目も醒めるような暴論である。(注3)
 それでは、具体的に問おう。「一般に」高額訴訟を起こす者が、自ら〈「お金」・「賠償金」が目的ではない〉と述べたりするのか。〈「抑制力を発揮」させることが目的である〉と述べたりするのか。
 そんなことはない。
 高額訴訟を起こす者は、多くの場合、実際に高額の損害が発生したと信じているのである。また、そうではない場合も、対外的にはそう信じているふりをするのである。
 オリコンはどちらでもない。「腹黒い」意図を隠しもしないのである。
 オリコンは「腹黒い」意図を明言した特殊な企業である。(さらに、今回も、判決に対して「妥当なこと」とコメントして、〈言論抑制目的〉であったことを示してしまった。)
 
 
■ オリコンの「腹黒い」意図を全く検討しない綿引穣判決

 オリコンは特殊な企業なのである。〈言論抑制目的〉で訴訟を起こしたと明言する特殊な企業なのである。
 しかし、綿引穣裁判長の判決文には、この事実の検討が一切無い。綿引穣裁判長は〈言論抑制目的〉で損害賠償訴訟を起こすことを認めるのか。本来の目的外での訴訟を認めるのか。裁判所をなめたオリコンの言動を認めるのか。
 この事実は、既に烏賀陽弘道氏の弁護団が指摘している。当然、綿引裁判長は知っていたはずである。
 それにも関わらず、綿引穣判決にはこの事実の検討が全くない。 

 オリコン自身が〈言論抑制目的〉という意図を明言した事実がある。
 しかし、判決文では、この事実の検討が全くなされていない。
 
 誠に不思議である。
 なぜ、この事実に一言も触れずに判決文が書けるのか。
 この裁判の中心的争点は次のものである。 
 オリコンの行為はSLAPP(恫喝訴訟)か。
 裁判制度を〈言論封殺目的〉で濫用することを認めるのか。
 
 オリコンが「腹黒い」意図を明言している事実は、この中心的争点を検討するために必要不可欠である。
 しかし、綿引穣裁判長は、この事実を一切検討していない。


■ 「ぶっ殺そうと思った」と明言しても無罪?

 喩えれば次のような状態である。 

 金属バットで人を殴り殺した者が逮捕された。
 容疑者自身が次のように証言した。
 
 「ああ、ぶっ殺そうと思ったんだよ。」
 
 しかし、裁判長は無罪を言いわたす。判決文には次のようにある。
 
 「一般に、金属バットは振り回すものである。したがって、金属バットを振り回したことをもって、本件を違法と評価することはできない。」
 
 もし、このような判決を出したら、その裁判長は正気ではないと評価されるであろう。
 人に向かって金属バットを「振り回した」のである。また、本人が「ぶっ殺そうと思った」と証言したのである。「殺意」を明言しているのである。その事実を無視する判決は異常である。
 オリコン訴訟における綿引穣判決はこれと同じである。オリコンは「殺意」を明言しているのである。それを無視する判決は異常である。
 綿引穣裁判長は正気ではない。または、著しい能力不足である。
 法曹界は、このような異常な判決を認めるのであろうか。そうではないだろう。
 法曹界から、この異常な判決に厳しい批判が出ることを期待する。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 まず、オリコンは、五千万円の損害が生じた証拠を全く示していない。
 『サイゾー』誌に載った一言のコメントで、どうして五千万円もの損害が発生するのだろうか。
 

(注2)

 この判決文は「一般に~。したがって~。」という形式である。
 綿引穣裁判長は、一般論をオリコンの場合に適用している。しかし、オリコンは、その一般論が適用できない特殊な例なのである。
 これは〈一般論過剰適用の虚偽〉である。
 この虚偽は次の文章で詳しく説明した。
 
  ● 東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽
 
 
(注3)

 オリコンは、一個人に対して五千万円もの高額損害賠償を求めた。「被害額が高額に設定される」こと自体が〈言論抑制〉効果を生む。この当たり前の原理が、綿引穣裁判長には分からないらしい。


2008年08月04日

【オリコン訴訟】「インターネットはオリコンを倒せるか」を公開

 次の文章をホームーページで公開した。
 
  ● インターネットはオリコンを倒せるか
  
 この訴訟についての私の第一感は次の通りであった。 

 オリコンはそんなにきれいな企業なのか。
 オリコンのチャートはそんなに正確なのか。
 そうでは無いだろう。だとすれば、やぶ蛇になるだろう。
 訴訟を続ければ続けるほど、オリコンにとって都合の悪い情報が出てくるだろう。
 
 この第一感は大筋で正しかった。
 次々と「オリコンにとって都合の悪い情報」がインターネット上に公開されている。詳しくは、上の文章をご覧いただきたい。

 オリコンの訴訟は、個人を狙い打ちにしたものである。これは、インターネットにとっても非常に危険な訴訟である。この訴訟が認められれば、ブロガーを狙い打ちにした訴訟も可能になるであろう。
 この点については、横山哲也氏の次の文章が詳しく論じている。(注)
 ぜひ、お読みいただきたい。
 
  ● ブログのリスク
 
 オリコンの訴訟は、インターネットに対する脅威である。
 だから、インターネットはオリコンを倒さなくてはいけない。(訴訟に勝たなくてはならない。)
 そして、インターネットはオリコンを倒せるはずなのである。
 詳しくは、上の文章をご覧いただきたい。(笑)

                       諸野脇@ネット哲学者


(注)

 横山哲也氏には、私の文章を引用いただいた。
 感謝申し上げる。

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