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オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ

2007年04月02日

【オリコンの虚偽1】「発言の責任」と「出版の責任」を混同する

 さっそく闘おう。
 
 オリコンが、ジャーナリストの烏賀陽弘道氏個人に対して五千万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。雑誌『サイゾー』に載った烏賀陽氏のコメントによって、オリコンの「名誉が傷つけられた」と言うのである。
 このオリコンの言動を私は次の文章で批判した。
 
  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性  --反SLAPPの論理

 オリコンは異常な訴訟を起こしたのである。通常、このような場合は、出版社とジャーナリストの両者を訴える。しかし、オリコンは出版社を訴えずジャーナリスト個人だけを訴えた。
 そして、その理由として次のようなものを挙げた。(この理由は、私がまとめたものである。実際にオリコンが発言している部分はカギカッコで明示した。)

 烏賀陽氏は、その「発言」について「発言は自分が責任をもって行ったものと明言」している。
 奇妙な論法である。
 私は、この論法を次のように批判した。
 ……雑誌の電話取材に応えた場合、コメントしたジャーナリストが一定の「責任」をもっているのは当たり前である。
 しかし、ジャーナリストに「責任」があるからと言って、出版社に「責任」が無い訳ではない。出版社には、その「事実誤認に基づく」「発言」を広めた「責任」がある。両者には、別種の「責任」があるのである。
 オリコンは、なぜ、出版社の「責任」を問わないのか。誠に奇妙である。
 オリコンは「発言の責任」と「出版の責任」を混同している。「発言の責任」を認めた場合でも、「出版の責任」を認めたことにはならない。「発言」を広めた「責任」を認めたことにはならない。
 オリコンの論法は間違っていた。オリコンは虚偽の論法を使っていたのである。(注)

 これは一例である。
 オリコンの論法は虚偽だらけである。
 これは、学問上の観点からはありがたいことである。
 オリコンは、哲学的分析の素材をたくさん提供してくれたのである。
 
 虚偽の論法の分析は、哲学の華である。論理的思考の華である。
 虚偽の論法を分析することによって、虚偽の論法への対処法を学ぶことが出来る。
 虚偽を発見し、適切に対処することは大切である。もし、それが出来なければ、騙されてしまう。騙されて、いつの間にか五千万円を払わせられてしまうことにもなりかねない。
 また、虚偽の論法の分析によって、理論を作ることが出来る。間違いが間違いであることを明確にするためには、こちらが理論的にならざるを得なくなるのである。
 
 次回以降、さらにオリコンの論法の虚偽を分析する。
 

 (注)
 哲学用語での「虚偽」とは、「間違った論証」のことである。
 「虚偽」は、必ずしも悪意があることを意味しない。悪意がある場合と単なる間違いの場合との両方を含む語である。この点、注意が必要である。
 それに対して、「詭弁」は「人を騙そうとする悪意を持っておこなう間違った論証」のことである。
 「虚偽」と「詭弁」とは意味が違うのである。

【オリコンの虚偽2】〈烏賀陽氏は富豪ジャーナリスだ〉ということにしてしまう

■ 烏賀陽氏が全てを支配している?

 オリコンは、出版社を訴えず、個人ジャーナリスだけを訴えた。
 このような異常な訴訟を正当化する訴状を作るのは難しいではずである。
 オリコンの訴状を見てみる。(『音楽配信メモ』より)

 被告〔烏賀陽氏〕は訴外インフォバーンをして、同社の販売網を通じて本件記事を掲載する「サイゾー」を全国各地に頒布せしめ、その結果、本件記事を不特定多数の者の目に触れる状態に置いた。
 分かりにくいので、要点だけ抜き出してみよう。
 烏賀陽氏は、インフォバーンをして、「サイゾー」を全国各地に頒布せしめた。

 我が目を疑う思いである。
 烏賀陽氏が、インフォバーン社を使って、雑誌「サイゾー」を全国に「頒布」させたらしい。全国に配本させたらしい。「頒布」させた主体が、烏賀陽氏になっているのである。
 なぜ、個人ジャーナリストにそんなことが出来るのか。烏賀陽氏はインフォバーン社の支配者なのか。


■ 宣戦の詔勅

 上の文は、次のような形になっている。

 ~は、~をして、~せしめた。

 この「~は」の部分には、行為の主体が入る。力を持っている者が入る。
 例えば、次のようにである。
 朕は政府をして事態を平和の裡に囘復せしめむとし……
  ●宣戦の詔勅

 「朕」とは、天皇である。天皇だから、「政府」に指示をして「平和の裡囘復」することを目的に出来るのである。行為の主体になれるのである。
 烏賀陽氏も行為の主体らしい。烏賀陽氏が「インフォバーン」を使って「『サイゾー』を全国各地に頒布」させる。ものすごい権力を烏賀陽氏が持っていることになっている。
 
 
■ 烏賀陽氏は富豪ジャーナリストなのか?

 上の文言は誠に奇妙である。しかし、百歩譲ってみよう。烏賀陽氏は大変な権力者だと想定してみよう。それは、どのような状態か。

 一見、烏賀陽氏は、ただの個人ジャーナリストのように見える。しかし、実は、烏賀陽財閥の御曹司なのである。
 インフォバーン社は、烏賀陽グループ傘下の会社である。だから、烏賀陽氏は実質的にインフォバーン社を支配している。だから、「俺のコメントを『サイゾー』に載せて全国各地に頒布せよ。」とインフォバーン社に指示できるのである。
 烏賀陽氏は、昼間は、さえない個人ジャーナリストである。しかし、夜になってメガネを外すと、なぜか、人相まで二枚目に変わる。愛車は、もちろんフェラーリ・モデナだ。烏賀陽氏は軟弱に見えるが、服を脱ぐと筋骨隆々だ。夜になるとその体で……〔以下自粛〕……

 これでは漫画だ。
 もちろん、この想定は非常識である。
 しかし、訴状では、烏賀陽氏に大きな権力があることになっている。烏賀陽氏が行為の主体になっている。名誉毀損行為の主体になっている。つまり、「発言の責任」だけでなく「出版の責任」まで烏賀陽氏に負わせる形になっている。
 烏賀陽氏は、インフォバーンをして、「サイゾー」を全国各地に頒布せしめた。

 これは〈烏賀陽氏が富豪ジャーナリストだ〉という非常識な主張である。
 もちろん、これは虚偽の主張である。
 

【オリコンの虚偽3】相手の発言を「捏造」して批判する

 オリコンは、烏賀陽氏のコメントが「事実誤認」だと主張している。烏賀陽氏が「オリコンは調査方法をほとんど明らかにしていない」と「事実誤認」のコメントしていると言うのである。そうではなく、オリコンはきちんと「調査方法の開示」をおこなっていると言うのである。
 オリコンは、その「経緯」を次のようにまとめている。(「ジャーナリスト烏賀陽氏への提訴についての要点整理」より)

(ランキングの調査方法の開示についての主な経緯)
平成15 年7 月7 日  弊社発行の「ORIGINAL CONFIDENCE」誌の
             平成15 年7 月7 日号(第1891号)において、
             ランキングの調査協力店一覧の開示を開始
平成16 年9 月6 日  弊社のWEBサイト「ORICON STYLE」において、
             ランキングの調査協力店一覧、並びに調査方法
             についての説明を掲載開始
平成18 年3 月    月刊誌「サイゾー」平成18 年4 月号において
             烏賀陽氏が、「オリコンは調査方法をほとんど
             明らかにしていない」とコメント(注1)

 この「経緯」を読むと、烏賀陽氏が「事実誤認」をしているように思える。
 しかし、この「経緯」自体が「捏造」されたものなのである。(注2)
 オリコンは、烏賀陽氏のコメントを「捏造」しているのである。(注3)
 オリコンは烏賀陽氏が次のようにコメントしたと言う。
 オリコンは調査方法をほとんど明らかにしていない

 しかし、実際の烏賀陽氏のコメントは次の通りである。
 そもそもオリコンは不思議な団体で、『オリコン独自の統計手法だ』と言い張ってその方法をほとんど明らかにしないんですよ。

 「調査方法」と「統計手法」は同じなのか。
 いや、違う。
 ずばり言えば、「統計手法」の中核は計算式である。集めたデーターをどのような計算式で処理するのか。例えば、ビルボードはCDの売上枚数(ネットでのダウンロードを含む)とラジオでの放送回数の評価を「1:2」に設定している。(「全米チャートの基礎知識」(2)参照 )
 オリコンがサイトで発表しているのは次のような文章である。
 音楽・映像ソフトを販売している全国約3020店の小売店(CDショップ、各専門店、レンタルや書籍等を扱う複合店、家電量販店など)、インターネット通販、CDショップを通したイベント会場等の売上調査をもとに、全国の週間売上推定数を算出したものです。

 しかし、これだけでは「統計手法」ではない。
 集めたデーターをどのような計算式で処理しているのか。例えば、大手CDショップと小規模小売店の扱いは同じなのか。それとも、何か変数をかけるのか。これが「統計手法」の中核である。
 だから、「統計手法」を「明らかにしていない」という烏賀陽氏の主張は正しい。
 しかし、上のオリコンのプレスリリースだけを読むと、読者は烏賀陽氏の主張が間違っているような印象を持つだろう。オリコンが烏賀陽氏の発言を「捏造」したからである。「調査方法」と変えてしまったからである。
 
 つまり、オリコンは〈相手が言っていないことを「捏造」して批判する〉虚偽を犯したのである。
 このような「捏造」に注意しなくはならない。
 自分が言ってもいないことを言ったことにされて、批判されてはたまらない。
 そのような状態に陥らないように、気をつけなくてはならない。

(注1)
 オリコンは次のように書いた。

 烏賀陽氏が、「オリコンは調査方法をほとんど明らかにしていない」とコメント

 しかし、烏賀陽氏はそのようなコメントをしていなかった。これは大きな問題である。
 カギカッコを使った場合、その中は、一語一句変えてはいけない。烏賀陽氏が言った通りの文言を書かなくてはならない。
 これが引用の原則である。この原則をオリコンは踏み外している。
 オリコンがこのような行為をするならば、オリコンの引用は全て信用できなくなる。全て疑ってかからなくてはならなくなる。「捏造」しているのではないか、と。

(注2)
 オリコンが捏造しようという意志をもっていたかどうかは分からない。非常に言語能力が低く「調査方法」と「統計手法」の区別がつかなかっただけかもしれない。だから、「捏造」とカギカッコを付けた。

(注3)
 実は、私も、この「捏造」を見落としていた。ネット上の次の書き込みで教えてもらった。
 お礼申し上げる。

【オリコンの虚偽4】小池聰行社長が認めた事実すら否定する

 オリコンの訴状は言う。

 なお、被告は、「『オリコンの数字はある程度操作が可能だ』というレコード会社員の話も複数聞いたことがあります。」などとして、第三者からの噂ないし風評を引用しているが、その場合であっても読む者をして、その内容たる事実が実在するとの印象を与えるのであるから、名誉毀損が成立することは明らかであり、これは裁判実務上も定着している。

 実は、「オリコンの数字はある程度操作が可能だ」という話は、私も聞いたことがある。
 オリコンに訴えられるから、書かない方がいい?
 いや、絶対に大丈夫である。訴えられるおそれはない。
 私が、その話を聞いたのは、オリコンの創業者の故・小池聰行氏からだからだ。
 小池聰行氏はインタービューに答えて次のように言った。

 --ところが、レコードを買い占める会社があって、そのサンプル店のデータに操作の手を加えているでしょう。

 「ええ、そうですね。現実にそういう会社があることも否定しません。……〔略〕……」  (『噂の眞相』1983年8月号

 小池聰行氏自身が「ええ、そうですね」と「操作」の存在を認めているのだ。
 つまり、小池聰行氏自身が「オリコンの数字はある程度操作が可能だ」という事実を認めているのだ。
 オリコンは、烏賀陽弘道氏を訴える前に、小池聰行氏を訴えるべきであろう。(原理的には。)
 さらに、ABCプロモーションの会長の山田廣作会長は次のように言う。

 「音事協の内部でも、オリコンのあこぎな商法に対する疑惑や非難の声が、日ごとに高まっている。」  「その〔レコード買い占め会社の〕一つに、かつてクロスオーバーという会社がありましてね。何百万か払えば二週目に三十位、三週目には二十位にしてみせるというわけですよ。そこで、実際にやってみたら、オリコンのヒットチャートはその通りになった。それから判断しても、おかしいと思うでしょう。」(『噂の眞相』1983年7月号

 山田会長、捨て身の告発である。
 〈おれがチャートを操作しようとしたら、出来たぞ。だから、オリコンのチャートはおかしいぞ。〉と。(苦笑)
 オリコンは、まず、山田会長を訴えた方がよかったのではないか。
 オリコンが大切にしている「チャートの信用性」を疑わせる発言をしているのだから。
 
 もちろん、これらは、1983年当時のことである。
 しかし、山田氏の告発は、実名を挙げてのものである。実名を挙げて、自分がチャートを「操作」したと認めているのである。これは重要な証言である。
 さらに、当時の社長である小池聰行氏自身が「操作」の存在を認めていたのである。これも重要な証言である。

 だから、烏賀陽弘道氏は、小池聰行氏と同じことを言ったに過ぎない。「操作」が存在するという事実は、既に小池聰行氏が認めているのである。
 オリコン創業者と同じことを言っただけなのに、烏賀陽氏は名誉毀損で訴えられたのである。

 創業者の小池聰行氏の証言をオリコンは忘れてしまったのか。
 誠に、不自然である。

 オリコンは、何が何でも、チャートの「操作」は存在しないことにしたいらしい。(または、小池聰行社長の証言を忘れてしまうほど、記憶力に問題があるらしい。)
 これは〈都合が悪い事実の存在自体を否定する〉虚偽である。

2008年04月27日

【オリコン訴訟】東京地裁が〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決を出す

 オリコン・烏賀陽訴訟で、東京地裁の判決が出た。次のような内容である。(注)

 烏賀陽弘道氏はオリコンに百万円を支払え。烏賀陽氏側の反訴は棄却する。

 誠に異常な判決である。強い憤り感じる。
 この判決は、一言で言えば、〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決である。
 この判決は次のような事実を示した。
 電話取材を受けコメントしただけで、訴訟を起こされ数百万円のお金を取られる可能性がある。また、出版社を訴えず、コメントした人だけを訴えてもよい。
 
 これはSLAPP(恫喝訴訟)を認める判決である。司法を利用した嫌がらせを認める判決である。
 このような判決が認められれば、ジャーナリズムは成立しなくなる。
 この判決は、どのような世界を導くのか。
 電話取材に答える人はいなくなる。そんなリスクを負って、電話取材に答える人はいないであろう。
 電話取材だけが危険なのではない。これは情報源への攻撃なのである。ありとあらゆる取材に答えることが危険である。訴訟の対象にされて高額な賠償金を求められる可能性がある。しかも、出版社から切り離されて、自分一人だけが訴えられるのである。
 このような危険性があっては、情報源が口を閉ざしてしまうであろう。つまり、ジャーナリズムが成立しなくなるであろう。
 
 東京地裁の判決は、正に〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決なのである。
 既に、このような危惧は、烏賀陽弘道氏自身が詳しく述べている。
 
  ● オリコン訴訟について烏賀陽はこう考えます
 
 私も、次の文章でオリコン訴訟の危険性を指摘した。
 
  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性  --反SLAPPの論理
 
 しかし、それにも関わらず、〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決が出てしまった。
 なぜ、このような異常な判決が出たのか。裁判長の綿引穣氏が虚偽だらけの異常な思考をしているからである。
 東京地裁の判決は、虚偽だらけの異常な判決である。(私は、東京地裁の判決文を繰り返し読んだ。不快さのあまり気分が悪くなった。)
 東京地裁の判決文は虚偽だらけである。今後、連続して東京地裁の虚偽を指摘していく。つまり、異常な判決がどのように異常かを説明していく。

                        諸野脇@ネット哲学者
 
(注)

 詳しくは以下の記事を参考。
 
  http://www.ohmynews.co.jp/news/20080422/23819
  http://www.news.janjan.jp/media/0804/0804225490/1.php
  http://www.j-cast.com/2008/04/22019316.html
  
 判決文の原文は次の通り。
 
  http://ugaya.com/column/080422oricon_verdict.pdf
 

2008年04月30日

【オリコン訴訟 判決批判1】東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽

■ 虚偽だらけの綿引穣判決

 東京地裁・綿引穣裁判長の判決は虚偽だらけである。(注1)
 例えば、綿引穣裁判長はオリコンが烏賀陽弘道氏個人を訴えることを認める。SLAPP(恫喝訴訟)を容認する論を展開する。次のようにである。 

 一般に、不法行為責任を負担する者が複数存在する場合に、その被害者が全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務を負うことはない。
 したがって、原告が、本件雑誌(サイゾー)の発行者や本件記事(サイゾー)の編集者に対して訴訟を提起せず、被告〔烏賀陽氏〕に対してのみ訴訟を提起したことをもって、本訴の提起を違法と評価することはできない。
 〔東京地裁判決 41ページ〕

 これは虚偽の論法である。
 「一般に」「全ての不法行為責任者」を訴える「義務」が無いからと言って、名誉毀損訴訟において出版社を訴える「義務」が無いとは言えない。
 名誉毀損訴訟の場合は、必ず出版社を訴えるべきである。訴える「義務」がある。なぜか。
 名誉毀損の「主犯」は出版社だからである。「主犯」を抜きにして、「従犯」であるコメント提供者だけを訴えるのは著しく不合理だからである。もっとも重要な「不法行為責任者」を抜きにした訴訟は著しく不合理だからである。


■ 拳銃を撃った実行犯を訴えない訴訟を認めるのか

 次のような喩えが分かり易いであろう。 

 殺人事件が起こった。
 実行犯と実行犯に拳銃を渡した者の二人が逮捕された。
 しかし、なぜか、実行犯は訴えられない。拳銃を渡した者だけが訴えられる。
 「全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務」は無いからである。
 
 綿引穣裁判長はこのような訴訟を認めるのか。
 殺人事件で実行犯を訴えないことはありえない。
 拳銃だけでは殺人は成立しない。拳銃を発射する行為があって初めて殺人は成立するのである。だから、実行犯を訴えない訴訟はどう考えても不合理である。
 名誉毀損もこれと同様である。コメント(拳銃)だけでは名誉毀損は成立しない。出版(拳銃を発射する行為)があって初めて名誉毀損は成立するのである。(注2)

 
■ 損害額全額の支払いを実行犯でない者に要求する異常さ

 さらに、具体的に問おう。
 綿引穣裁判長は、烏賀陽弘道氏に対してオリコンへ100万円を支払うように命じた。
 この100万円は、どういう金額なのか。
 綿引穣裁判長は言う。

 ……〔略〕……本件コメント(サイゾー)による名誉毀損によって原告が被った損害の額は、100万円と認めるのが相当である。
 〔東京地裁判決 41ページ〕
 
 「損害の額は、100万円」とある。これは「損害」の総額である。
 なぜ、「損害」の総額を「従犯」である烏賀陽弘道氏が全額払わなければならないのか。もし、払う必要があるのならば、「主犯」である出版社と烏賀陽弘道氏が共同で支払うのが当然である。責任の割合に応じて負担するのが当然である。
 先程の喩えを思い出して欲しい。 
 家族を殺害された遺族が損害賠償請求の訴訟を起こす。しかし、なぜか、実行犯は訴えられない。拳銃を渡した者だけが訴えられる。そして、損害額が1億円と認定される。その損害額全額が拳銃を渡した者に請求される。
 
 綿引穣裁判長はこのような状態を認めるのか。
 著しく不合理であるとは考えないのか。

 
■ 正しい判決文はこうだ

 要するに、綿引穣裁判長は虚偽の論法を使ったのである。名誉毀損の実態を踏まえずに、一般論を過剰に適用したのである。
 先の判決文を正しく直せば次のようになる。 

 一般に、不法行為責任を負担する者が複数存在する場合に、その被害者が全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務を負うことはない。
 しかし、主要な不法行為責任者に対して訴訟を提起しない行為は、著しく不合理である。名誉毀損は出版抜きでは成立しない。ゆえに、出版社に対して訴訟を提起しない場合、著しく妥当性を欠く訴訟であると判断される。
 ゆえに、オリコンの訴えは妥当性を欠く。

 綿引穣裁判長はこう言えばよかったのである。
 しかし、綿引穣裁判長は、名誉毀損の実態を見ずに一般論を適用した。虚偽の論法を使ってしまった。


■ 重大な問題を引き起こす虚偽の論法

 綿引穣氏の論法を使えば、次のようにさまざまな間違った主張が出来る。 

 一般に、鳥は空を飛ぶ。したがって、ニワトリは空を飛ぶ。〔「空を飛ぶ」というほど長い距離は飛べない。〕
 一般に、裁判官は論理的である。したがって、綿引穣裁判長は論理的である。〔明らかに論理的ではない。〕
 
 これは、一般論を不適切な特殊例に適用してしまう間違いである。
 このような間違いを〈一般論過剰適用の虚偽〉と名づけよう。一般論を、適用するべきでない事例にまで過剰に適用してしまう間違いである。(注3)
 綿引穣裁判長がこのような虚偽の論法を使っていることは重大な問題である。このような虚偽の論法でSLAPP(恫喝訴訟)が認められてしまっている。個人に不当な負担が課せられている。そして、ジャーナリズムが危機に瀕しているのである。
 虚偽の論法が重大な問題を引き起こしているのである。
 だから、次回以降、さらに綿引穣判決の虚偽を批判していく。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 哲学用語での「虚偽」とは、「間違った論証」のことである。
 一般的に「虚偽の主張をした」と言えば、「意図して嘘の主張をした」という意味になるだろう。しかし、哲学用語では、単に「間違った主張をした」という意味になる。
 哲学用語の「虚偽」には、意図を批判する意味は無い。
 この点、注意していただきたい。
 

(注2)

 もちろん、烏賀陽弘道氏のコメントは名誉毀損に問われるような内容ではない。だから、烏賀陽弘道氏のコメントは「拳銃」ではない。しかし、ここでは話を分かり易くするために、烏賀陽弘道氏のコメントが「拳銃」であるという比喩を使っている。
 だから、もちろん、烏賀陽弘道氏は「従犯」でもない。


(注3)

 これは、哲学・論理学の世界では、「単純偶然の虚偽」として知られる虚偽である。 

単純偶然の虚偽〔fallacy of direct (simple) accident〕
 一般的主張を特殊の場合にそのまま適用するために生じるアヤマリ〔思想の科学研究会編『哲学・論理用語事典』三一書房、184ページ〕
 
 しかし、なんとも名前が分かりにくい。
 だから、〈一般論過剰適用の虚偽〉と名づけた。


〔補論〕

 念のため、出版社が「主犯」である理由を詳しく説明をしておこう。
 それは、名誉毀損が成立するためには出版が不可欠だからである。
 例えば、私のノートにこのような内容が書いてあったとする。 

 オリコンのチャートは予約枚数もカウントされている。大手レコード会社は、大量買い取りなどでオリコンのチャートを操作しようとしている。お金をもらって、オリコン自身がチャートを操作したこともあるらしい。
 実は、オリコンはヤクザのフロント企業である。小池恒社長の背中には刺青が入っている。……

 どんなことがそのノートに書いてあってもいい。
 それが出版されない限り、ノートの内容を他者が読むことはない。出版されて初めて、読者の目に触れる。多数の目に触れる。多数の目に触れることによって、評判の低下が起こる。つまり、名誉毀損が起こるのである。
 つまり、出版されない限り、名誉毀損は成立しないのである。 
 名誉毀損が成立するためには出版が必要不可欠である。
 
 出版を抜きにした名誉毀損はあり得ない。
 つまり、名誉毀損の「主犯」は出版社なのである。


2008年06月15日

【オリコン訴訟 判決批判2】オリコンが明言した「殺意」を無視する異常な判決

■ 損害額が五十分の一に減額されても「妥当」?

 東京地裁・綿引穣判決に対して、オリコンが次のようなコメントを発表している。

  ……〔略〕……このような判断が示されたことを、きわめて妥当なことと考えております。
   ● 訴訟の判決に関するお知らせ ( 2008-04-22 )
 
 誠に奇妙なコメントである。
 なぜ、「妥当」なのか。納得いかない判決ではないのか。損害額が五十分の一に減額されているのである。
 オリコンは、損害賠償として五千万円を請求していた。それにも関わらず、損害額が百万円しか認められなかった。
 普通に考えれば、オリコンは不服なはずである。
 だから、普通ならば、次のようなコメントを出すはずである。 
  ……。しかし、損害額が正当に評価されなかったのは残念である。
 
 それなのに、オリコンは「きわめて妥当なこと」と言う。
 なぜ、「妥当」なのだろうか。
 実際には、五千万円の損害を被っていないからであろう。五千万円の損害を被っていたら「妥当」などとは言っていられない。悔しい気持ちになるはずである。


■ 〈損害賠償目的〉ではなく〈言論抑制目的〉だから、五十分の一でもいいんだ

 オリコンは、判決で損害額を五十分の一に減額されても「妥当」と言う。誠に奇妙である。 

 百万円で「妥当」ならば、最初から百万円の損害賠償を求めればよかったのだ。
 
 オリコンは、百万円で「妥当」なのに、五千万円の損害賠償を求めた。つまり、そのような金銭的被害を受けていないのに、高額訴訟を提起したのである。(注1)
 現に、訴訟を提起した理由をオリコン社長・小池恒氏は次のように言っていた。 
 我々の真意はお金ではありません。……〔略〕……烏賀陽氏に「明らかな事実誤認に基づく誹謗中傷」があったことを認めてもらい、その部分についてのみ謝罪をして頂きたいだけです。その際には、提訴をすぐに取り下げます。
  ● 「ライター烏賀陽弘道氏への提訴」について
 
 また、『J-CAST ニュース』において、オリコンのIR担当者は次のように言う。 
 賠償金が欲しいというのではなく、これ以上の事実誤認の情報が流れないように(多額の賠償金を課すことで)抑制力を発揮させたい
  ● 雑誌にコメントしたライター 5,000万円賠償請求される
 
 オリコンは自ら〈「お金」・「賠償金」が目的ではない〉という趣旨を述べていた。〈「抑制力を発揮」させることが目的である〉とういう趣旨を述べていた。
 この事実を踏まえれば、賠償金が百万円でもオリコンが満足である理由がわかる。もともと、〈損害賠償目的〉ではなく〈言論抑制目的〉の訴訟だったのである。SLAPP(恫喝訴訟)だったのである。だから、オリコンは賠償金がいくら減額されようとかまわない。〈言論抑制〉が達成できればいいのである。


■ 〈言論抑制目的〉のオリコンの訴訟を綿引穣裁判長はどう判断したか

 つまり、オリコンは、本来の目的ではない目的で裁判所を利用しているのである。
 損害賠償を求めるのは、損害が発生しているからである。損害が無いのに、損害賠償を求めるのは裁判制度の濫用である。別の目的で訴訟を起こすことは裁判制度の濫用である。
 言い換えれば、裁判所はなめられているのである。
 このようなオリコンの言動に対して東京地裁・綿引穣裁判長はどのような判断を下しているか。 

 ……〔略〕…… 一般に、名誉毀損訴訟においては、被害額が高額に設定されるのが通常であって、請求額と容認額との間にかなりの差が生じることも稀ではない。したがって、原告が5000万円の損害賠償を求めていることをもって、本訴の提起を違法と評価することはできない。(注2)
 〔東京地裁判決 41ページ〕
 
 分かり易く言い換えてみよう。 
 名誉毀損訴訟では、ふっかけるのが当たり前なんだよ。
 だから、ふっかけてもいいんだよ。
 
 目も醒めるような暴論である。(注3)
 それでは、具体的に問おう。「一般に」高額訴訟を起こす者が、自ら〈「お金」・「賠償金」が目的ではない〉と述べたりするのか。〈「抑制力を発揮」させることが目的である〉と述べたりするのか。
 そんなことはない。
 高額訴訟を起こす者は、多くの場合、実際に高額の損害が発生したと信じているのである。また、そうではない場合も、対外的にはそう信じているふりをするのである。
 オリコンはどちらでもない。「腹黒い」意図を隠しもしないのである。
 オリコンは「腹黒い」意図を明言した特殊な企業である。(さらに、今回も、判決に対して「妥当なこと」とコメントして、〈言論抑制目的〉であったことを示してしまった。)
 
 
■ オリコンの「腹黒い」意図を全く検討しない綿引穣判決

 オリコンは特殊な企業なのである。〈言論抑制目的〉で訴訟を起こしたと明言する特殊な企業なのである。
 しかし、綿引穣裁判長の判決文には、この事実の検討が一切無い。綿引穣裁判長は〈言論抑制目的〉で損害賠償訴訟を起こすことを認めるのか。本来の目的外での訴訟を認めるのか。裁判所をなめたオリコンの言動を認めるのか。
 この事実は、既に烏賀陽弘道氏の弁護団が指摘している。当然、綿引裁判長は知っていたはずである。
 それにも関わらず、綿引穣判決にはこの事実の検討が全くない。 

 オリコン自身が〈言論抑制目的〉という意図を明言した事実がある。
 しかし、判決文では、この事実の検討が全くなされていない。
 
 誠に不思議である。
 なぜ、この事実に一言も触れずに判決文が書けるのか。
 この裁判の中心的争点は次のものである。 
 オリコンの行為はSLAPP(恫喝訴訟)か。
 裁判制度を〈言論封殺目的〉で濫用することを認めるのか。
 
 オリコンが「腹黒い」意図を明言している事実は、この中心的争点を検討するために必要不可欠である。
 しかし、綿引穣裁判長は、この事実を一切検討していない。


■ 「ぶっ殺そうと思った」と明言しても無罪?

 喩えれば次のような状態である。 

 金属バットで人を殴り殺した者が逮捕された。
 容疑者自身が次のように証言した。
 
 「ああ、ぶっ殺そうと思ったんだよ。」
 
 しかし、裁判長は無罪を言いわたす。判決文には次のようにある。
 
 「一般に、金属バットは振り回すものである。したがって、金属バットを振り回したことをもって、本件を違法と評価することはできない。」
 
 もし、このような判決を出したら、その裁判長は正気ではないと評価されるであろう。
 人に向かって金属バットを「振り回した」のである。また、本人が「ぶっ殺そうと思った」と証言したのである。「殺意」を明言しているのである。その事実を無視する判決は異常である。
 オリコン訴訟における綿引穣判決はこれと同じである。オリコンは「殺意」を明言しているのである。それを無視する判決は異常である。
 綿引穣裁判長は正気ではない。または、著しい能力不足である。
 法曹界は、このような異常な判決を認めるのであろうか。そうではないだろう。
 法曹界から、この異常な判決に厳しい批判が出ることを期待する。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 まず、オリコンは、五千万円の損害が生じた証拠を全く示していない。
 『サイゾー』誌に載った一言のコメントで、どうして五千万円もの損害が発生するのだろうか。
 

(注2)

 この判決文は「一般に~。したがって~。」という形式である。
 綿引穣裁判長は、一般論をオリコンの場合に適用している。しかし、オリコンは、その一般論が適用できない特殊な例なのである。
 これは〈一般論過剰適用の虚偽〉である。
 この虚偽は次の文章で詳しく説明した。
 
  ● 東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽
 
 
(注3)

 オリコンは、一個人に対して五千万円もの高額損害賠償を求めた。「被害額が高額に設定される」こと自体が〈言論抑制〉効果を生む。この当たり前の原理が、綿引穣裁判長には分からないらしい。


2008年08月04日

【オリコン訴訟】「インターネットはオリコンを倒せるか」を公開

 次の文章をホームーページで公開した。
 
  ● インターネットはオリコンを倒せるか
  
 この訴訟についての私の第一感は次の通りであった。 

 オリコンはそんなにきれいな企業なのか。
 オリコンのチャートはそんなに正確なのか。
 そうでは無いだろう。だとすれば、やぶ蛇になるだろう。
 訴訟を続ければ続けるほど、オリコンにとって都合の悪い情報が出てくるだろう。
 
 この第一感は大筋で正しかった。
 次々と「オリコンにとって都合の悪い情報」がインターネット上に公開されている。詳しくは、上の文章をご覧いただきたい。

 オリコンの訴訟は、個人を狙い打ちにしたものである。これは、インターネットにとっても非常に危険な訴訟である。この訴訟が認められれば、ブロガーを狙い打ちにした訴訟も可能になるであろう。
 この点については、横山哲也氏の次の文章が詳しく論じている。(注)
 ぜひ、お読みいただきたい。
 
  ● ブログのリスク
 
 オリコンの訴訟は、インターネットに対する脅威である。
 だから、インターネットはオリコンを倒さなくてはいけない。(訴訟に勝たなくてはならない。)
 そして、インターネットはオリコンを倒せるはずなのである。
 詳しくは、上の文章をご覧いただきたい。(笑)

                       諸野脇@ネット哲学者


(注)

 横山哲也氏には、私の文章を引用いただいた。
 感謝申し上げる。

2008年11月07日

【オリコン訴訟】江川紹子氏・佐高信氏がオリコンを批判する意見書

 江川紹子氏・佐高信氏のオリコンを批判する意見書が東京高裁に提出された。
 
   ● 江川紹子氏の意見書
   ● 佐高信氏の意見書

 これはいわゆる識者の意見である。
 識者の意見は、運動的に重要である。
 なぜか。
 裁判官に「この事件は大事件なんだ」と気づかせることになるからである。実は、多くの裁判官は、あまり考えていないのである。思考をけちるのである。(注)
 つまり、裁判官は、多くの場合、自力で「大事件かどうか」を考えない。世間の反応を見て判断する。だから、識者の意見書が提出されて初めて、「大事件なんだ」と判断するのである。
 今回、東京高裁に江川紹子氏・佐高信氏の意見書が提出さた。これで裁判官も大事件が起こっていることに気がついたであろう。「江川紹子の意見書が出るくらいだから、大事件なんだ」と。
 もしかしたら、オリコンも、この意見書で初めて気がついたのかもしれない。自分が大事件を起こしてしまったことを。
 遅いぞ。オリコン。(苦笑)
 
                       諸野脇@ネット哲学者
                       
                       
〔補〕

 その他、次のような意見書が提出されている。
 正に大事件である。
 
  ● 国境なき記者団 駐日代表の意見書
  ● 出版労連の意見書
  ● 出版ネッツの意見書


(注)

 裁判官が「あまり考えていない」・「思考をけちる」実例は、次の文章で示した。
 
  ● 【オリコン訴訟 判決批判1】東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽

2008年11月08日

【オリコン訴訟】オリコン、高裁で勝訴したら大変だぞ(笑)

 先の文章を書いていたところ、次のような情報が入ってきた。 

 裁判官が、まだ、この事件の重大性に気がついていない可能性がある。
 現に、東京高裁は大事件を審理する大法廷ではなく、通常の法廷でこの事件の審理をおこなおうとしている。

 江川紹子氏・佐高信氏の意見書が出ても、その事件の重大性に気がつかない?
 うーん。その可能性は……あるね。(苦笑)
 地裁の綿引穣判決を見ると、何が起こっても不思議は無い。(注1)
 
 これは焦った方がいい。
 オリコンは。(笑)
 
 もし、オリコンは、高裁で勝訴してしまったらどうするつもりなのだろう。
 地裁で勝訴しただけで、この騒ぎなのである。
 高裁で勝訴したら、大変な騒ぎになる。
 
 立花隆氏に『文藝春秋』で批判されるぞ。
 たぶん。(笑)
 SLAPP(恫喝訴訟)を起こした悪質企業として世界的に有名になるぞ。
 たぶん。(笑)
 SLAPP(恫喝訴訟)を起こした企業の実例としてジャーナリズム論の教科書に載るぞ。
 たぶん。(笑)
 怒ったジャーナリスト達がオリコンチャートのいい加減さをさらに報道するぞ。
 たぶん。(笑)
 
 どう考えても、勝訴した方がオリコンにとってマイナスなのである。(注2)
 オリコンは、何とか逃げる方法を考えた方がいい。地裁で勝訴しているのに、なぜか謝罪して和解するとか。(笑)
 何らかのウルトラC的な退却が必要なのである。
 古来より、〈退却戦がうまく出来る者が名将である〉と言われる。
 この窮地から逃げられれば、オリコンは正に名将である。(笑)
 
                      諸野脇@ネット哲学者
 
 
(注1)

 綿引穣判決の異常さについては次の文章で詳しく論じた。
 
  ● 東京地裁が〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決を出す
  ● 東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽
  ● オリコンが明言した「殺意」を無視する異常な判決
 

(注2)

 この訴訟はオリコン自身に被害を与えている。オリコンの提訴をきっかけに、オリコンにとって都合の悪い情報が次々と報道されている。その事実を次の文章で指摘した。
 
  ● インターネットはオリコンを倒せるか
  
 高裁で勝訴してしまったら、もっと大変な事態になるであろう。

2008年11月09日

【オリコン訴訟】裁判官には楽な道を用意してあげよう(笑)

 烏賀陽弁護団が、新たに次のような趣旨の主張をした。(「控訴理由書」4ページ) 

 そもそも烏賀陽弘道氏はそのような内容を発言していない。
 
 これは、あっと驚かされる主張である。この主張は、次のようなシンプルな結論を導くからである。 
 烏賀陽氏は発言していない。発言していないことを名誉毀損には問えない。
 だから、オリコンの負け。
 
 シンプルそのものである。(笑)
 烏賀陽氏は、オリコンから名誉毀損で訴えられている。つまり、名誉毀損にあたる内容を発言したとして訴えられているのである。
 しかし、その発言をしていなかったらどうか。名誉毀損の前提が無くなってしまう。オリコンの主張が根底から覆ってしまうのである。
 
 烏賀陽氏は『サイゾー』誌に一言も書いていない。電話の取材に答えただけである。それを編集者が烏賀陽氏の発言としてまとめた。
 烏賀陽氏は、その内容に納得がいかず、編集者に抗議をしている。自分の発言を曲解されたからである。
 つまり、烏賀陽氏はそのような内容を発言していない。
 
 裁判官は、上のような烏賀陽弁護団の主張をどう考えるだろうか。非常に興味を惹かれるのではないか。発言していないなら、名誉毀損は成立しない。簡単に結論が出せるのである。
 発言していないならば、烏賀陽氏が発言したとされる内容の真偽を検討しなくてもよくなる。次のような複雑な問題を検討しなくてもよくなる。予約枚数がオリコンの集計に含まれているか。オリコンは統計手法を開示しているか。
 このような検討をしなくてすむならば、その方が楽である。
 私は、先の文章で次のように書いた。
 実は、多くの裁判官は、あまり考えていないのである。思考をけちるのである。

 裁判官は忙しいのである。簡単に結論が出る方向を探しているのである。
 だから、簡単に結論が出る論理構成を作ってあげることが大切である。楽な道を用意してあげることが大切である。
 〈烏賀陽弘道氏はそのような内容を発言していない〉という主張は、正にそのような論理構成である。
 裁判官には、ぜひ、楽をしてもらいたい。(笑)

                      諸野脇@ネット哲学者

2008年11月10日

【オリコン訴訟】裁判官が、とんちで重大事件を解決? 恵庭事件

 裁判官は「思考をけちる」ものである。(注1)
 実態を見てみよう。
 自衛隊が合憲かどうかが争われた恵庭事件である。(注2) 

 北海道で酪農業を営んでいた野崎兄弟は自衛隊の演習用の通信線を切って逮捕された。野崎兄弟は、自衛隊の演習によって度重なる被害を受けていた。乳牛の乳の出が悪くなったり、子牛が生まれにくくなったりしたのである。さらに、抗議も無視されたため、指揮所と発射所との間の通信線などをペンチで切ったのである。これが自衛隊法違反とされ、野崎兄弟は起訴された。「防衛の用に供する物を損壊」したとされたのである。
 弁護側は、四百人の大弁護団で「自衛隊は違憲であるため自衛隊法は無効」という論陣を張った。
 
 ここに確信犯的構造がある。
 つまり、次のような構造である。 
 わざと自衛隊法に違反することによって、裁判所を憲法判断に引きずりこむ。
 自衛隊が合憲かどうかの判断せざるを得ないように裁判所を追い込む。
 
 裁判官は困ったであろう。
 合憲と判断しても、違憲と判断しても、大変な事態になってしまうのである。
 違憲と判断すれば、国を敵に回すことになる。国を敵に回すのは恐い。
 合憲と判断すれば、世論を敵に回すことになる。何しろ、四百人の大弁護団が結成されているのである。これも、とても恐い。
 判断を下すことは出来ないのである。
 こういう時、一般的におこなわれるのが、楽な道を探して「逃げ」ることである。何とか憲法判断をしなくて済む方法を探すのである。
 裁判官はどう「逃げ」たか。
 演習用の通信線は、自衛隊法の定める「防衛の用に供する物」ではない。
 「防衛の用に供する物」とは、武器・弾薬・航空機のような対外的武力行使に使うものである。演習用の通信線はそのようなものではない。 
 だから、通信線を切った野崎兄弟は無罪。(注3)
 
 えっ。無罪?
 確かに、無罪ならば、憲法判断は必要ない。
 まさに、とんちの世界である。(笑)
 「裁判官、よく思いついたな。」と、笑ってしまう。(もちろん、笑い事ではないのであるが。)
 一休さんレベルの凄いとんちである。

 恵庭事件では、裁判官は見事に楽な道を探して「逃げ」た。
 オリコン訴訟の場合は、どうであろうか。
 綿引穣判決は、ジャーナリストの活動を不可能にする非常識な判決であった。既に、次の文章で詳しく説明した。
 
  ● 東京地裁が〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決を出す
 
 だから、この判決は、世界中のジャーナリストを敵に回すものである。
 東京高裁が綿引穣判決を追認すれば、批判の嵐になるであろう。世界中のジャーナリストから批判されるであろう。もう既に、国境なき記者団から意見書も出ている。
 
  ● 国境なき記者団 駐日代表の意見書
 
 世界中のジャーナリストが東京高裁の判決に注目することになる。それは、四百人の大弁護団より恐いのである。
 裁判官は「逃げ」た方が賢明である。
 烏賀陽氏は発言していない。
 だから、無罪。

 いいとんちだと思うのだが。(笑)
 
                      諸野脇@ネット哲学者
 
 
(注1)

 念のため書く。「思考をけちる」は事実の指摘である。この文脈では、裁判官の行為を批判する意味ではない。「楽な道を探して『逃げ』る」・「とんち」も同様である。事実として、そのような状態があるという指摘をしたに過ぎない。「楽な道を探して『逃げ』るから、悪い」と主張している訳ではない。
 また、裁判官自身が「逃げよう」と意図しているとは限らない。だから、「逃げ」るとカギカッコを付けた。


(注2)

 「恵庭事件」を『小学館 スーパー・ニッポニカ 日本大百科全書』は次のように説明する。自衛隊の合憲・違憲が争われたにもかかわらず、判決は全くそれに触れない「肩すかし判決」であったことが分かる。

 自衛隊法が民間人に適用された初の事件であり、4年間の全訴訟過程において自衛隊(法)の合憲・違憲が争われた。1962年(昭和37)12月11日北海道石狩支庁恵庭町(現恵庭市)の自衛隊島松演習場内で、牧場経営者野崎兄弟が演習用通信線数か所を切断した。演習場付近ではすでに1955年以来ジェット機の射撃訓練、大砲実弾演習によって難聴や家畜の乳量・受胎率低下などの被害が続いており、野崎兄弟はたび重なる抗議のすえ、万策尽きてこの挙に出たものであった。事件は当初通常の器物損壊事件として捜査されたが、63年3月札幌地検が自衛隊法第121条違反(防衛用器物損壊)として起訴するや、自衛隊の違憲性を問う裁判として注目を集めた。以降、判決まで40回にわたる公判で、多数の憲法学者と400人に及ぶ大弁護団が自衛隊違憲論を展開し、地裁の憲法判断が期待された。しかし67年3月の判決は憲法判断に触れず、両被告の行為が自衛隊法第121条の構成要件に該当しないとして無罪を言い渡した。検察側の控訴放棄で判決は確定したが、新聞は「肩すかし判決」と評した。
 

(注3)

 判決文は次のページで見ることが出来る。
 
  ● 恵庭事件 第一審判決
  

2008年11月12日

【オリコン訴訟】裁判官は、とにかく和解させたがる

 前の文章で、裁判官が楽な道に「逃げ」る実例を示した。
 とんちを使うのである。(笑)
 しかし、とんちよりさらに楽な道がある。
 和解させるのである。原告・被告を和解させれば、判決文を書く必要がなくなる。判決文を書くには労力がかかる。書かない方が楽である。
 また、判決内容で批判される可能性もなくなる。
 綿引穣判決は次のような厳しい批判を受けた。(私の文章である。笑)
 
  ● 東京地裁が〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決を出す
  ● 東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽
  ● オリコンが明言した「殺意」を無視する異常な判決
 
 グーグルで「綿引穣」を検索すると、私の文章が4番目に出てくる。(2008年11月12日、現在)
 
   http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-15,GGLD:ja&q=%e7%b6%bf%e5%bc%95%e7%a9%a3

 もちろん、綿引穣判決を批判しているのは私だけではない。
 多くの人が批判している。次の文章で紹介した。
 
  ● 江川紹子氏・佐高信氏がオリコンを批判する意見書
 
 これは、綿引穣裁判官にとって嫌な事態であろう。

 判決文を書くということは、裁判官が主体となって行動することである。主体となれば責任が発生する。それは、ある意味「汚れ仕事」である。「汚れ仕事」を原告・被告がやってくれれば、それにこしたことはない。
 裁判官は、判決文を書きたがらない。和解させたがる。
 そういうインセンティブが働いているのである。
 
                      諸野脇@ネット哲学者

2008年11月16日

【オリコン訴訟】オリコンは、自分が掘った穴に落ちる(かも)  --SLAPPが裏目に!

 昔、おばあちゃんは言った。 

 人にしたことは自分に返ってくる。
  
 オリコンは、SLAPP(恫喝訴訟)のとがめを受けるかもしれない。
 自分の掘った穴に落ちるかもしれない。
 
 オリコンは、烏賀陽弘道氏だけを相手に名誉毀損の損害賠償訴訟を起こした。五千万円という高額の賠償を求めたのである。そして、なぜか、雑誌『サイゾー』の発行会社であるインフォバーンは訴えなかった。
 おかしな話である。 
 損害を回復したいならば、当然、インフォバーン社も訴えるはずである。
 個人が五千万円という金額を払えるとは考えにくい。
 しかし、会社であれば払える。
 だから、一般に、名誉毀損による損害賠償訴訟では会社も一緒に訴えるのである。
 
 個人だけを取り出して訴えるのには「腹黒い」意図があると考えざるを得ない。SLAPPであると考えざるを得ない。烏賀陽氏を恫喝し黙らせるための訴訟であると考えざるを得ない。(注1)
 その「腹黒い」行為がオリコンに返ってくる可能性がある。個人だけを訴えたことが裏目に出る可能性がある。
 先に説明した烏賀陽氏側の新しい主張を思い出していただきたい。 
 そもそも烏賀陽弘道氏はそのような内容を発言していない。
 
 この主張が認められれば、次のような結論が出る。 
 烏賀陽氏は発言していない。発言していないことを名誉毀損には問えない。
 だから、オリコンの負け。
 
 この主張が見事に決まると、オリコンにとっては最悪の結果になる。(注2)
 責任を取らせる相手がいなくなってしまうのである。次の事実に注目していただきたい。 
 仮にインフォーバーン社に名誉毀損の責任があったとしても、オリコンはインフォバーン社に責任を取らせることが出来ない。訴えていないのだから。
 手も足も出ないのである。
 
 仮に雑誌『サイゾー』に載った「コメント」がオリコンの名誉を毀損するものだったとする。その場合、烏賀陽氏が「発言していない」ならば、責任があるのは『サイゾー』編集部・インフォバーン社である。誰かがその「コメント」を作ったのは間違いないのである。(注3)
 しかし、オリコンは、インフォバーン社に責任を取らせることが出来ない。訴えていないのだから。
 普通に名誉毀損訴訟を起こしておけば、そのような状態にはならない。インフォバーン社も訴えておけば、そのような状態にはならない。しかし、個人だけを狙い撃ちにしたために、何も出来なくなってしまう。無様に負けてしまう。(注4)
 自分で掘った穴に自分で落ちたのである。
 SLAPPが裏目にでたのである。自業自得である。
 おばあちゃんの言うことは聞くものである。(笑)
 
                      諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 次の文章をご参照いただきたい。オリコンは、〈言論抑制目的〉であることを自ら明言している。
 
  ● オリコンが明言した「殺意」を無視する異常な判決
  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性 --反SLAPPの論理


(注2)

 実は、オリコンにとって本当に最悪なのは、最高裁まで行って勝ってしまうことである。
 
  ● オリコン、高裁で勝訴したら大変だぞ(笑)

 最高裁で勝ってしまったら、もっと大変である。
 オリコンはジャーナリズムの歴史に大きな汚点を残すことになる。
 

(注3)

 これは、あくまでも仮定の話である。
 もちろん、雑誌『サイゾー』に載った「コメント」は、オリコンの名誉を毀損する内容ではない。
 全て、事実または事実と考えるに相当な理由がある内容である。


(注4)

 オリコンは、敗訴しても利益を得るという観点がある。
 SLAPPは「恫喝」が目的である。「恫喝」に成功すればいいのである。烏賀陽氏を疲弊させることが出来ればいいのである。
 この観点から見れば、オリコンは勝訴しても敗訴しても利益を得る。
 だから、〈訴え得〉を防止するシステムが必要である。
 次の文章で詳しく論じた。

  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性 --反SLAPPの論理

 また、この訴訟をきっかけに、オリコンにとって都合の悪い事実が次々と報道されている。
 その事実を次の文章で示した。

  ● インターネットはオリコンを倒せるか

 これも〈訴え得〉を防止するシステムである。
 相手が「訴えるんじゃなかった」と後悔する位、報道を続けるのである。

2008年11月17日

【オリコン訴訟】秘密に迫ろうとしたジャーナリストが消される!

 多くの人に見落とされている事実がある。
 オリコンが烏賀陽弘道氏に訴状を送りつけてくるまでの過程である。
 訴状が届く前に、烏賀陽氏はオリコンに取材を申し込んでいるのである。つまり、次のような形式になっている。 

 取材しようとしたら、訴状が届いた。

 これはある種の基本形である。
 言論の自由を妨害する典型的な形式なのである。 
 秘密に迫ろうとしたジャーナリストが消される。

 国家の秘密に迫ろうとしたジャーナリストが消される。闇社会の秘密に迫ろうとしたジャーナリストが消される。
 これと同じ形式なのである。
 〈オリコンの秘密に迫ろうとしたら、高額訴訟で恫喝された〉という形式なのである。(注1)
 
 烏賀陽氏は『サイゾー』誌の電話取材に答えた。その結果、納得のいかない文言を「コメント」として載せられてしまう。
 そこで烏賀陽氏はオリコンに取材を申し込む。 
 1 「コメント」が納得のいかないものだったので、きちんと取材したいと思いオリコン広報部に取材を申し込む。すると、「えっ?烏賀陽さん? 後で担当の者から電話をさせるので、待っていて欲しい。」と言われる。
 2 なぜか、広報部からではなく弁護士から電話があり、質問内容をFAXで送るように言われる。
 3 質問内容を弁護士にFAXで送る。
 4 しかし、FAXへの回答は無く、内容証明が届き、訴状が届く。
 
 つまり、取材への「答え」として訴状が届いた形になっている。
 この過程は、うがやテレビで烏賀陽氏自身が詳しく語っている。
 
  ● オリコン訴訟第30話 オリコンは烏賀陽の「ちゃんと正確な情報を報道しましょう」という申し出を握りつぶしたうえ烏賀陽をいきなり提訴
 
 なぜ、オリコンは烏賀陽氏の取材に応えなかったのだろうか。
 烏賀陽氏の「コメント」とされる文言が間違っているならば、その時に訂正を要求すればよかったのである。
 
 オリコンは、それをせず、いきなり訴訟を起こした。これでは、「よほど調べられたくないことが質問内容の中にあったのであろう」と疑われても仕方ない。「秘密を隠すためにジャーナリストを消そうとしている」と疑われても仕方ない。
 取材のFAXに、訴状で「答える」会社はそうはないであろう。(苦笑)
 やはり、オリコンはヤクザ企業なのであろうか。(注2)
 
                      諸野脇@ネット哲学者
 
 
(注1)

 この訴訟は様々な側面を持っている。
 「秘密に迫ろうとしたジャーナリストが消される」形は、その一つの側面である。
 烏賀陽氏には、報道被害者としての側面もある。電話取材に応えただけなのに訴えられたのである。
 次の文章で論じたのはその側面である。
 
  ● 裁判官には楽な道を用意してあげよう(笑)
  
 言論弾圧被害・報道被害の両方の側面があるのである。
 

(注2)

 オリコンの「ヤクザ企業」性は次の文章で詳しく論じた。
 
  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性 --反SLAPPの論理

2008年11月18日

【オリコン訴訟 判決批判3】綿引穣裁判長は、殺人と殺人幇助との区別もつかないのか

 名誉毀損訴訟において、出版社を訴えず個人だけを訴えるのは、ほとんど前例が無い異常な行為である。
 東京地裁・綿引穣判決は、オリコンのこの異常な行為を容認した。「全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務」は無い、としたのである。
 しかし、この論は間違っている。次のような喩えを考えてもらいたい。

 殺人事件が起こった。
 実行犯と実行犯に拳銃を渡した者の二人が逮捕された。
 しかし、なぜか、実行犯は訴えられない。拳銃を渡した者だけが訴えられる。
 「全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務」は無いからである。

 実行犯を訴えない訴訟はどう考えても不合理である。
 コメント(拳銃)だけでは名誉毀損は成立しない。出版(拳銃を発射する行為)があって初めて名誉毀損は成立するのである。(注1)
 それでは、綿引穣裁判長は、コメントした個人と出版社との関係をどのように考えているのか。綿引裁判長は、判決で次のような趣旨を述べている。(注2) 
 雑誌の取材に答えた内容が雑誌に載っても、原則としてコメントした人には責任は無い。雑誌は、いろいろ取材して情報を取捨選択して記事を作るからである。
 しかし、そのままの形で雑誌に載ることが分かっていてコメントした場合は別である。その場合は、例外的に名誉毀損の責任がある。
 
 この論は一見もっともに思える。
 しかし、やはり間違っている。虚偽の論法なのである。
 上の比喩にこの論を当てはめてみよう。 
 一般に、拳銃を人に渡したとしても、殺人に使われることまでは予測できない。この場合は、渡した者は殺人の責任は負わなくてよい。
 しかし、殺人に使われると知りながら拳銃を渡した場合は別である。その場合は殺人の責任を負う。殺人罪で起訴されてもしかたない。
 
 ちょっと待った!
 それは、殺人の幇助でしょ?
 なぜ、殺人罪で起訴していいの?
 綿引穣裁判長は、殺人と殺人幇助の区別がつかないらしい。
 恐ろしいことである。
 
 名誉毀損の場合も、これと同様である。仮に、そのような形でコメントしたとしても、それは名誉毀損の幇助に過ぎない。
 名誉毀損に関係があるからといって、コメントした個人だけを取り出して名誉毀損で訴えてよいことにはならない。
 
 やはり、最初の比喩が生きている。
 拳銃を渡した者だけを殺人罪で訴えるのは不当である。
 同様に、コメントした個人だけを名誉毀損で訴えるのは不当なのである。
 
                      諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 詳しくは、次の文章をお読みいただきたい。
 
  ● 東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽

 

(注2)

 実は、この部分が綿引穣判決の肝らしい。(苦笑)
 原文は次の通りである。 

 しかし、出版社からの取材に応じた者が、自己のコメント内容がそのままの形で記事として掲載される可能性が高いことを予測しこれを容認しながらあえて当該出版社に対してコメントを提供した場合は、その者が出版社からの取材に応じたことと、そのコメント内容がそのままの形で記事として掲載されそれにより他人の社会的評価を低下させたこととの間には、例外的に、相当因果関係があるものと解するのが相当である。〔東京地裁判決、29ページ〕

2008年12月20日

【緊急速報】オリコン恫喝訴訟(SLAPP)問題がついにテレビ特番に! TBS 21日深夜放送

 オリコン・烏賀陽(うがや)訴訟がテレビで取り上げられる。
  
  報道の魂『ある名誉毀損判決の波紋』~オリコンVSジャーナリスト~
  TBS 12月21日 24時55分~25時25分
  Gコード 8704754

   http://www.tbs.co.jp/houtama/

 ついに、テレビで恫喝訴訟(SLAPP)問題が批判的に検討されるのである。
 ご注目いただきたい。(Gコードは 8704754 である。笑)

 既に、インターネット上ではオリコンの訴訟について多くの批判の声が上がっている。
 例えば、ヤフーで「オリコン訴訟 批判」を検索すると次のようになる。
 
  http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E8%A8%B4%E8%A8%9F%E3%80%80%E6%89%B9%E5%88%A4&search.x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8
  
 批判の声が多く上がっていることが分かる。(私が批判の声をたくさん上げていることも分かる。笑)
 しかし、インターネット以外のメディアは、ほとんど批判の声を上げていない。沈黙したままである。
 これは不当である。SLAPPは重大な問題である。マスメディアに大きな影響を与える問題である。
 この番組がマスメディアの不当な沈黙を打破する第一歩になることを望む。
 
                  諸野脇@ネット哲学者

 
〔以下、この番組の紹介文を載せる〕

報道の魂『ある名誉毀損判決の波紋』~オリコンVSジャーナリスト~
(2008年12月21日 放送)

言論には言論で応じる時代は終わったのか?

ジャーナリストの記事やコメントに対して、書かれた側がいきなり訴訟を起すケースが増えている。しかも巨額の損害賠償を求めるケースが多く、言論活動封じ込め目的?との批判が起こる例すらある。

ヒットチャートで有名なオリコンは、ある雑誌記事により名誉を傷つけられたとして5000万円の損害賠償訴訟を起した。しかも記事の執筆者や編集責任者は訴えず、雑誌の取材先となったジャーナリストだけを訴えるという手段に出た。こうしたオリコン側のやり方に「口封じまがい?」との批判の声もあった。

1年5ヶ月に及ぶ審理の結果、東京地裁の一審判決はオリコン側の訴えを認め、ジャーナリスト個人に100万円の賠償を命じる内容となった。しかし一方で、判決に首をかしげる人も多かった。「裁判所は、口封じまがいの訴訟を、是認するつもりか・・」と。

米国では、言論封じ込めを目的とした訴訟は「SLAPP」と呼ばれ、訴えそのものが門前払いとなることが多い。言論の自由への悪影響を危惧してのことだ。しかし日本の司法界には「SLAPP」という概念そのものがない。審理が長期化すると、訴えられたジャーナリストは裁判対策に忙殺され、勝ち負け以前に疲弊して活動を封じられることすらある。

番組ではオリコン訴訟判決が生んだ様々な波紋について取り上げ、訴訟と言論のバランスをどう取るべきかを考える。

取材:秋山浩之
撮影:若泉光弘

2009年08月05日

【オリコン訴訟】烏賀陽弘道氏の勝訴で終結 ――オリコン(小池恒社長)が自爆せざるを得なかった理由

 オリコンが自爆した。
 「請求の放棄」をおこなったのだ。「請求の放棄」とは自ら全面敗訴を認めることである。(注1)
 これは奇っ怪な事態である。オリコンは、烏賀陽弘道氏に対して一審で勝訴していた。名誉毀損を認められていた。賠償金100万円を認められていた。
 それにもかかわらず、オリコンは自ら全面敗訴を認めて、訴訟を終わらせた。言わば、オリコンは自爆したのである。
 
   1 オリコンは烏賀陽弘道氏に対して東京地裁で勝訴した。
   2 しかし、オリコンは全面敗訴を認めて訴訟を終わらせた。

  
 通常、一審で勝訴した方は二審でも有利である。有利なはずのオリコンが全面敗訴を認めて、訴訟を終わらせる。これは普通あり得ない行為である。歴史に残るみっともない負け方である。
 なぜ、このような奇っ怪な事態が起きたのか。なぜ、オリコンは自爆せざるを得なかったのか。
 それは、オリコンは烏賀陽弘道氏個人を訴えていたからである。SLAPP(恫喝訴訟)をおこなっていたからである。「腹黒い」行為をおこなっていたからである。
 既に、私は次のように書いていた。


 その「腹黒い」行為がオリコンに返ってくる可能性がある。個人だけを訴えたことが裏目に出る可能性がある。
 先に説明した烏賀陽氏側の新しい主張を思い出していただきたい。 
 そもそも烏賀陽弘道氏はそのような内容を発言していない。
 
 この主張が認められれば、次のような結論が出る。 
 烏賀陽氏は発言していない。発言していないことを名誉毀損には問えない。
 だから、オリコンの負け。
 
 この主張が見事に決まると、オリコンにとっては最悪の結果になる。
 責任を取らせる相手がいなくなってしまうのである。次の事実に注目していただきたい。 
 仮にインフォーバーン社に名誉毀損の責任があったとしても、オリコンはインフォバーン社に責任を取らせることが出来ない。訴えていないのだから。
 手も足も出ないのである。
 
 仮に雑誌『サイゾー』に載った「コメント」がオリコンの名誉を毀損するものだったとする。その場合、烏賀陽氏が「発言していない」ならば、責任があるのは『サイゾー』編集部・インフォバーン社である。誰かがその「コメント」を作ったのは間違いないのである。
 しかし、オリコンは、インフォバーン社に責任を取らせることが出来ない。訴えていないのだから。
 普通に名誉毀損訴訟を起こしておけば、そのような状態にはならない。インフォバーン社も訴えておけば、そのような状態にはならない。しかし、個人だけを狙い撃ちにしたために、何も出来なくなってしまう。無様に負けてしまう。
 自分で掘った穴に自分で落ちたのである。
 SLAPPが裏目にでたのである。自業自得である。

   ● 【オリコン訴訟】オリコンは、自分が掘った穴に落ちる(かも)  --SLAPPが裏目に!


 オリコンが自爆せざるを得なかったのは、正にこの形になってしまったからである。
 烏賀陽氏側の主張が見事に決まったのである。烏賀陽弘道氏が「そのような内容を発言していない」ことが明らかになったのである。『サイゾー』編集部員が烏賀陽弘道氏が「そのような内容を発言していない」事実を証言したのである。編集部員がまとめた「コメントが不正確なもの」であることを認めたのである。(注2)
 これで、オリコンは「自分が掘った穴に落ち」てしまった。
 烏賀陽弘道氏が「そのような内容を発言していな」ければ、烏賀陽弘道氏に責任を取らせることは出来ない。また、訴えていない他の関係者に裁判において責任を取らせることも出来ない。
 だから、オリコンは、「請求の放棄」をおこなわざるを得なくなったのである。自ら全面敗訴を認めざるを得なくなったのである。自爆せざるを得なくなったのである。
 オリコンはSLAPPをおこなったゆえに無様に負けたのである。

                     諸野脇@ネット哲学者

(注1)

 「請求放棄」については次のページを参照のこと。
 
   ● 裁判所が判決を出さなくても勝訴できるんですね! オリコンの「自己敗訴宣言」=「請求放棄」   
   ● 請求の放棄と訴えの取り下げについての質問です。

(注2)

 例えば、朝日新聞の次の記事を参照のこと。
 『サイゾー』が、自らまとめた「コメント」が「不正確」だったことを認めている。

   ● オリコンが請求放棄、和解 コメント巡る名誉棄損訴訟

2009年08月13日

【オリコン訴訟】オリコン・小池恒社長は烏賀陽弘道氏に謝罪するべきである

 オリコンは自ら全面敗訴を認めた。
 以下の文章で詳しく説明した。
 
   ● 【オリコン訴訟】烏賀陽弘道氏の勝訴で終結 ――オリコン(小池恒社長)が自爆せざるを得なかった理由
   
 つまり、オリコンは、自分が間違っていたことを認めた。烏賀陽弘道(うがや ひろみち)氏を訴えたのが間違いであったことを認めた。
 しかし、大きな問題がある。オリコンは謝罪していないのである。間違いを認めたら、謝罪する。それが普通である。その普通の行為をオリコンはしていないのである。
 「裁判上の和解」で、オリコンは全く謝罪していない。(注1)
 おおむね次の関係である。 

 オリコン君はサイゾー君から「烏賀陽君がオリコン君の悪口を言った」と聞いた。
 オリコン君は烏賀陽君を呼び出して、殴り倒した。
 その後、サイゾー君の言った内容が不正確であることが分かった。烏賀陽君がそんなことを言っていないことが分かった。
 サイゾー君は烏賀陽君とオリコン君に謝罪した。
 オリコン君は自分が間違って烏賀陽君を殴ったことを認めた。
 
 「オリコン君」は「烏賀陽君」に謝罪していない。これは不当な状態である。「烏賀陽君」を殴った「オリコン君」は謝罪するべきである。
 オリコンは間違って烏賀陽氏を「殴った」のだ。そして、それを自ら認めているのだ。当然、オリコンは謝罪するべきである。(また、怪我の治療費などを払うべきである。)
 烏賀陽弘道氏は言う。
 私の収入は、2005年には500万円あったのに、2007年・2008年の2年間だけで約650万円減り、生活が出来ない状態にまで追い込まれました。09年分や弁護士費用分を含めると、オリコンの提訴で被った被害金額は1000万円に近づくでしょう。弁護士費用を捻出するため、私は故郷の老母の介護資金に貯めておいた定期預金を解約せざるをえませんでした。
 
 心身ともに疲弊は極限に近い。不眠、激しい頭痛、目まい、嘔吐などの症状が悪化しています。
  〔2009年8月4日 記者会見ステートメント、7ページ〕
 
 これがオリコンが烏賀陽弘道氏を「殴った」結果である。
 「被害金額1000万円」である。
 「心身とも疲弊は極限に近い」のである。
 間違って「殴った」ことをオリコンは認めた。それならば、「治療費」を出すべきである。この被害を補償するべきである。
 少なくとも、謝罪はくらいはするべきである。
 確認しよう。
 
   1 オリコンは、間違って烏賀陽弘道氏を「殴った」ことを認めた。
   2 しかし、「治療費」の支払いはおろか、謝罪さえしない。

 
 これは普通の感覚ではない。
 間違って相手を「殴った」ことを認めたら、普通は謝罪する。間違いを認めることと謝罪することはセットである。しかし、オリコン・小池恒社長は間違いを認めただけで済むと考えているようである。後は沈黙していれば済むと考えているようである。
 
   オリコン・小池恒社長は、かなり異常な感覚を持っているようである。
 
 オリコン・小池恒社長のこの沈黙は大きな問題である。(注2)
 仮に、間違いを認めていないのならば、原理的には謝罪する必要はない。「見解の相違である。」などと言い続ければいいのである。
 しかし、これは、そのような普通の形の問題ではない。異常な形の問題なのである。オリコン・小池恒社長は間違えを認めながら、謝罪しない。これは誠に異常な形である。
 オリコン・小池恒社長は、異常な行為を続けている。間違いを認めたのに、謝罪すらしない。33ヵ月のもの間、間違って人を苦しめたのに謝罪すらしないのである。
 
   オリコン・小池恒社長が謝罪するまで、いつまでも批判が続くであろう。
  
 このような異常な行為を社会は認めないであろう。
 ジャーナリストは、このような異常な行為を認めないであろう。
 ブロガーは、このような異常な行為を認めないであろう。
 謝罪がおこなわれるまで、いつまでも批判が続くであろう。
 オリコン・小池恒社長は、自分の行為の異常性に気づくべきである。
 
                      諸野脇@ネット哲学者

 
(注1)

 高等裁判所による「職権和解」の内容は次の通りである。
 
   ● 裁判上の和解
    
 オリコン側が全く謝罪していないことをご確認いただきたい。
 和解協議でオリコン側は謝罪を拒否したのである。謝罪から「逃げ回」ったのである。
 その様子は、烏賀陽弘道氏の次の文章をご覧いただきたい。

   ● 「和解」という名の建物の中で自決してしまったオリコン
    
 間違ったら、謝罪する。その当たり前のことをどうしてしないのか。
 誠に不当である。


(注2)

 「裁判上の和解」で謝罪しなくても、プレスリリース等で謝罪する方法がある。
 道義的な責任を果たす方法がある。
 オリコンのプレスリリースを見てみよう。
 
   ● 和解による訴訟の解決に関するお知らせ(2009-08-03)
 
 全くだめである。
 烏賀陽弘道氏に対する謝罪が一言もない。
 オリコン・小池恒社長は道義的な責任も果たしていない。
 

2009年09月27日

【オリコン訴訟】企業の危機管理を考えるためのよい事例 ――世界的に悪評を広めてしまったオリコン・小池恒社長の行動

 オリコンは烏賀陽弘道氏に謝罪するべきである。
 既に詳しく論じた。
 
   ● オリコン・小池恒社長は烏賀陽弘道氏に謝罪するべきである
   
 筋として、烏賀陽弘道氏に被害を与えたオリコンは謝罪するべきである。
 そして、実は、謝罪した方がオリコンのためなのである。
 烏賀陽弘道氏は言う。

老婆心ですが、ぼくな、らサイゾー証言が出た時点で「私たちの提訴は事実誤認でした」「烏賀陽さんには長年たいへんご迷惑をおかけしました」「心よりおわびします」と会見して頭を下げるでしょう(ほら、産地偽装事件で食品会社がやっていたアレです)。

いえいえ、ぼくが被害者だからそう言っているのではありません。そうして「できるだけ早く」「できるだけ過ちを認めて」「できるだけ誠実に謝る」方がパブリック・イメージの好感度は高いからです。そして早く世論は忘れます。

逃げれば逃げるほど、隠せば隠すほど世論は攻撃します。これは企業経営の「危機管理」という分野ではイロハのイです。おわび会見など、1時間ほどガマンすればいいだけの話ではありませんか(笑)。「人の噂など××日」です。私はずっとマスコミで生きている人間として、よーく知っています。

ですから、どうかオリコンさん、企業イメージのためには自発的に会見を開いて謝ったほうがいいですよ。和解条項に謝罪が入っていなくても、企業市民としての倫理的責任はまだ残っています。ここはコーポレートイメージを挽回する最後のチャンスですよ。ぜひ災い転じて福となしてほしいものです。
   ● 「和解」という名の建物の中で自決してしまったオリコン


 その通りである。
 アメリカでは「銃の弾を全て出す」といった慣用句を使うと聞いたことがある。これは〈火種を残さない〉という意味である。弾を全て出してしまえば、発射できない。批判される可能性がある悪いところを全て謝罪するれば、批判されない。
 オリコン・小池恒社長が会見を開き、次のように謝罪したとする。
 「私たちの提訴は事実誤認でした」「烏賀陽さんには長年たいへんご迷惑をおかけしました」「心よりおわびします」

 謝るべきところにきちんと謝ったことになる。批判のしようがなくなる。
 オリコン・小池恒社長がこのような謝罪をしていれば、私は先の文章を書けなくなった。例えば、次のような批判は出来なくなった。 
 オリコン・小池恒社長は、かなり異常な感覚を持っているようである。

 謝罪していれば、「異常な感覚」ではない。正常な感覚を持っていることになる。
 だから、このような批判は出来なくなる。
 
 つまり、きちんと謝罪した方が得なのである。
 きちんと謝罪すると火種がなくなる。批判する種がなくなる。批判できなくなる。
 
 オリコンは笹浪雅義弁護士に依頼して、この訴訟を起こした。その結果が、「請求の放棄」という惨めな全面敗訴である。
 また、評判という観点でも、オリコンは大きなダメージを受けている。
 オリコンは、国境なき記者団から勧告を受けた初めての日本企業であろう。「報道の自由という基本的人権をはなはだしく犯している」と指摘された初めての企業であろう。
 多くの団体・個人がオリコンを批判した。
 詳しくは次の文章をお読みいただきたい。
 
   ● インターネットはオリコンを倒せるか   
   ● 江川紹子氏・佐高信氏がオリコンを批判する意見書
   
 オリコンは、この評判悪化の危機を乗り切らなくてはならない。
 そのためには、笹浪雅義弁護士ではなく、危機管理コンサルタントを雇うべきではないか。
 私はずっとそう思ってきた。
 
 国境なき記者団に批判してもらいたいと思っても、普通の企業では無理である。江川紹子氏や佐高信氏に批判してもらいたいと思っても、普通の企業では無理である。オリコンはスペシャルな企業なのである。
 日本の一企業が世界から批判を集めるなど、不可能に近い「快挙」である。(苦笑)
 
 危機管理の専門家には、ぜひ、オリコン・小池恒社長の行動の分析をしてもらいたい。オリコン・小池恒社長の行動は危機管理上の間違いの宝庫である。
 分析しがいがあるはずである。
 
                      諸野脇@ネット哲学者


〔補〕

 「オリコン訴訟」を論ずる文章は次の「アーカイブ」で全て読める。
 
   ◆ オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ
   
  

2009年09月28日

【オリコン訴訟】弁護士はSLAPP(口封じ訴訟)に荷担するべきではない ――笹浪雅義弁護士の責任

 オリコンは、雑誌『サイゾー』の取材に答えた烏賀陽弘道氏だけを名誉毀損で訴えた。記事を作った『サイゾー』編集部、『サイゾー』を出版したインフォバーン社は訴えなかった。
 企業から切り離された個人は弱い。五千万円もの高額訴訟を起こされては、弁護士費用だけでも大変な額になる。だから、このような訴訟は〈口封じ〉として機能する。
 アメリカの多くの州では、このような訴訟は違法である。SLAPP(口封じ訴訟)と判断されるのである。訴訟を利用した〈口封じ〉と判断されるのである。(注)
 
 このオリコンのSLAPPに笹浪雅義弁護士はどのように関わっていたのか。
 二つの可能性が考えられる。 

 A オリコンが笹浪雅義弁護士に烏賀陽氏個人を訴えることを求めた。
 B 笹浪雅義弁護士が烏賀陽弘道氏個人を訴えることをオリコンに提案した。
 
 Bならば、論外である。弁護士は企業に違法・不道徳な行動を提案するべきではない。
 仮に、Aだと仮定して、論を進めよう。
 笹浪雅義弁護士がオリコンから「烏賀陽弘道氏だけを訴えたい」と求められたとする。笹浪雅義弁護士は、このような場合、オリコンを止めるべきである。次のような事実をオリコンに伝えるべきである。
 1 そのような訴訟は、SLAPPと呼ばれ、アメリカの多くの州で違法とされている。
 2 日本には、SLAPPを明確に禁止する法律はない。しかし、訴訟権の濫用と判断される可能性がある。違法とされる可能性がある。
 3 違法でないにしても、道徳的に問題がある行為である。批判を受けるのは避けられない。
 4 また、この場合は、烏賀陽弘道氏はインタビューを受けたに過ぎない。記事を書いたのは『サイゾー』の記者である。烏賀陽弘道氏の発言を記者が歪めている可能性がある。その場合、烏賀陽弘道氏だけを訴えていては、敗訴してしまう。
 5 このようなことを考えれば、烏賀陽弘道氏個人を訴えるのではなく、ごく普通に名誉毀損訴訟を起こすべきである。つまり、烏賀陽弘道氏だけでなく、『サイゾー』編集部・インフォバーン社も一緒に訴えるべきである。
 
 このようなアドバイスをオリコンにするのが当然である。
 SLAPPは、アメリカの多くの州で違法とされる行為である。
 日本においても、訴訟権の濫用と判断される可能性がある。
 違法または不道徳な行為なのである。
 
 企業が不道徳な訴訟を起こそうとした時には、弁護士はそれを止めるべきである。
 そうでなければ、弁護士は社会の一員として認められないであろう。
 オリコンは反社会的な行為をおこなった。同時に、笹浪雅義弁護士も反社会的行為に荷担した。両者とも、社会の一員として認められないであろう。
 
 弁護士が、その社会的責任を放棄する時、弁護士の評判は地に落ちるであろう。
 金のためならなんでもする反社会的な職種と判断されるであろう。
 現実に、アメリカの弁護士にはそのようなイメージがある。
 しかし、日本においては、大筋で弁護士にはそのようなイメージはない。
 そのイメージは、多くの善良な弁護士によって作られてきたのである。
 
 だから、笹浪雅義弁護士の行為を多くの日本の弁護士は認めないであろう。
 そう私は信じている。
 
                     諸野脇@ネット哲学者
 
〔補〕
 
 弁護士法を見る。次のようにある。 
第1条 弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
 2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。
 
 この弁護士法に照らして、笹浪雅義弁護士の行為は恥ずかしい。
 この訴訟は、国境なき記者団から「報道の自由という基本的人権をはなはだしく犯している」と批判されている。
 この訴訟は「基本的人権」を著しく犯している。ジャーナリズムという「社会秩序」を破壊しようとしている。(既に、詳しく論じた通りである。)
 つまり、弁護士法に違反しているのである。
 
 このような場合、弁護士会に懲戒請求をすることが可能である。
 SLAPP訴訟に荷担した弁護士には懲戒請求することが可能である。
 この事実を覚えておいて欲しい。
  

(注)

 次のサイトを参照のこと。
 
   ◆ SLAPP WATCH
   

※ 過去の文章は次のアーカイブでお読みいただきたい。

   ◆ オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ
   

2010年02月03日

【オリコン訴訟】インターネットはオリコンを倒せたか

 オリコンの行為はインターネットに対する脅威であった。
 オリコンは、烏賀陽弘道氏個人に五千万円もの高額名誉毀損訴訟を起こした。個人だけを訴える高額訴訟をためらわなかった。
 個人だけを訴えていいならば次に狙われるのはインターネットである。ブロガーである。インターネットこそ、個人が単独で情報を発信しているメディアであるからである。
 だから、私は次のような文章を書いた。
 
   ● インターネットはオリコンを倒せるか
 
 インターネットはオリコンを倒せたか。
 答は、もちろん「倒せた」である。
 オリコンは自ら敗訴を認めざるを得なくなった。「請求の放棄」をせざるを得なくなった。
 その大きな要因がインターネット上で厳しい批判を受けたことなのである。
 烏賀陽弘道氏は、次のような「高裁協議」の内容を報告している。

 黒津裁判官「TBSの取材がオリコンに入ったそうだ。ネット上でも取り上げられているし、収束したほうがいいという判断にオリコンは傾いている。……〔略〕……」
 黒津裁判官「〔オリコンは〕ネット上の批判も強くなってきたので、矛を収めたい」

 オリコンは「ネット上の批判」に負けたのである。
 詳しく次の文章で論じた。(この文章はメールマガジンで発行した。)
 
   ● インターネットを活用した個人が大企業に勝訴
  
 これで、オリコンはブロガーを訴えたら何が起こるかよく分かったはずである。大きな「ネット上の批判」が起こることがよく分かったはずである。
 インターネットはオリコンを倒した。
 この前例を多くの企業が見ているはずである。
 実に素晴らしい前例である。

                      諸野脇@ネット哲学者


※ 過去の文章は次のアーカイブでお読みいただきたい。

   ◆ オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ

2010年02月04日

【オリコン訴訟】インターネットが個人に大企業に対抗できる力を与えた

 オリコン訴訟は初めてのインターネット裁判であった。
 烏賀陽弘道氏は、インターネットを武器にオリコンと戦った。そして、勝訴したのである。これは画期的な出来事である。
 ぜひ、次の文章をお読みいただきたい。

   ● インターネットはオリコンを倒せるか
   ● インターネットを活用した個人が大企業に勝訴

 個人がインターネットを武器にして大企業と対等に戦えるようになったのである。
 こう考えると分かり易い。 

 もし、インターネットが無い状態で、オリコン訴訟が起こったらどうなったか。

 たぶん、我々はオリコン訴訟の存在すら知らなかっただろう。
 既存のマスメディアは、この訴訟の危険性をほとんど報道しなかった。このSLAPP(口封じ訴訟)の危険性をほとんど報道しなかった。
 しかし、インターネットがそれをおこなった。我々は、インターネットによって、オリコン訴訟の危険性を知ることが出来た。SLAPP(口封じ訴訟)の危険性を知ることが出来た。
 だから、インターネット上にオリコンを厳しく批判する文章が多く発表された。オリコンに不利な証言が多く出てきた。 
 インターネットが個人に大企業に対抗できる力を与えた。
  
 インターネットによって世界が変わったのである。
 情報の伝達のあり方が決定的に変わったのである。
 個人が、大企業以上の情報伝達力を持つ可能性が出てきたのである。(注)
 
                      諸野脇@ネット哲学者


(注)

 オリコンはネット上で私の文章に取り囲まれている。
 グーグルで検索すると、多くの語で私の文章が一番目に表示されるのである。(2010年2月4日現在)

  「オリコン訴訟 批判」
   http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLD_jaJP311JP311&q=%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%82%b3%e3%83%b3%e8%a8%b4%e8%a8%9f%e3%80%80%e6%89%b9%e5%88%a4
 
  「小池恒」(オリコン社長)
   http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLD_jaJP311JP311&q=%e5%b0%8f%e6%b1%a0%e6%81%92
 
  「笹浪雅義」(オリコン側弁護士)
   http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGLD_jaJP311JP311&q=%e7%ac%b9%e6%b5%aa%e9%9b%85%e7%be%a9
 
 これも個人が大きな情報発信力を持つ例である。
 

※ 過去の文章は次のアーカイブでお読みいただきたい。

   ◆ オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ
 

2010年02月05日

【オリコン訴訟】SLAPP訴訟(口封じ訴訟)を戦い抜いた烏賀陽弘道氏に世界はお礼を言うべきである

 烏賀陽弘道氏はSLAPP訴訟を戦い抜いた。オリコンを敗訴に追い込むまで、戦い抜いた。
 これは大変なことである。
 私は次のように書いた。 

 誰もが、SLAPP(口封じ訴訟)と戦い抜くことが出来る訳ではない。
 やはり、訴訟を続けるは苦しいのである。訴訟に多くの時間を取られ、実質的に無収入に近い状況に追いつめられるのである。
 その苦しい時、相手は次のようなことを言ってくるのである。
 
  一言謝れば、提訴は取り下げる。
 
 「悪魔の誘い」である。一言謝るだけで楽になれるのである。
 このような状況で耐えられる人は少ない。
 自分だけの損得ならば、その条件を飲んだ方が得かもしれない。
 しかし、烏賀陽弘道氏は、最後まで戦い抜いてオリコンを敗訴に追い込んだのである。SLAPP(口封じ訴訟)が成功する前例を作らせないためである。烏賀陽弘道氏は、自覚的にオリコン訴訟をSLAPP(口封じ訴訟)と位置づけた。自覚的に言論の自由を守るために戦ったのである。
   ● インターネットを活用した個人が大企業に勝訴
 
 烏賀陽弘道氏は、オリコン訴訟を〈言論の自由を守るための戦いである〉と位置づけていた。〈SLAPPが成功した前例を作らせない〉と意図して戦っていたのである。
 このような意図性が重要である。人間は意図しておこなった行為によって評価されるべきだからである。
 烏賀陽弘道氏の意図は、最初に発信した「SOSメール」で既に明確だった。
 このメールで烏賀陽弘道氏は次のように述べたのである。

これが言論の自由へのテロでなくて何でしょう。民主主義の破壊でなくて何でしょう。これは体を張ってでも阻止せねばなりません。

 烏賀陽弘道氏の意図は、「言論の自由」を「体を張って」守るというものであった。「民主主義」を守るというものであった。
 そして、烏賀陽弘道氏はSLAPP(口封じ訴訟)を戦い抜いた。烏賀陽弘道氏は意図して戦い抜いたのである。 

 世界は烏賀陽弘道氏にお礼を言うべきである。

 烏賀陽弘道氏は、「体を張って」「民主主義」を守ったのである。
 世界に成り代わり、烏賀陽弘道氏にお礼を申し上げたい。

                      諸野脇@ネット哲学者


※ 過去の文章は次のアーカイブでお読みいただきたい。

   ◆ オリコンVS.烏賀陽 訴訟 アーカイブ
 

2010年02月16日

哲学者、ブルーレディオドットコム(インターネットラジオ)に出演する

 インターネットラジオのブルーレディオドットコムに出演してきた。
 端的に言う。
 
   悪夢であった。(苦笑)
  
 パーソナリティーの烏賀陽弘道氏、ディレクターの岡田伸也氏にとっても悪夢であったろう。
 私は哲学者である。だから、言葉が見つかるまで考える。つまり、見つかるまで、黙り続けるのだ。沈黙し続けるのだ。
 その沈黙が頻繁に起こるのである。言葉が見つかるまで、話さないので。
 生放送であったら、間違いなく放送事故である。(苦笑)
 
   私の沈黙連続の「しやべり」が、果たして番組になっているか。
  
 ラジオの常識を超越した私の「しやべり」がどう処理されたのか。現代の編集技術はどこまで進歩しているのか。別の意味で非常に興味深い。(苦笑)
 実にスリリングな番組なのである。
 ぜひ、お聞きいただきたい。 

 明日(17日夜8時)公開
 
  ● 烏賀陽弘道のU-NOTE
  
 第一週のテーマは「オリコン訴訟とインターネット」。
 何しろ、パーソナリティーが烏賀陽弘道氏で、ゲストが私なのである。
 当然の展開である。(笑)
 
 もし、私が自然に話していたら、ディレクターの岡田伸也氏の神業的編集のおかげである。
 もし、私が面白い内容を話していたら、パーソナリティーの烏賀陽弘道氏の神業的対応のおかげである。
 もし、めちゃくちゃになっていたら、全て私のせいである。
 すみません。すみません。

 今度は、ぜひ、生放送で呼んで欲しい。
 その方が、よりスリリングである。
 さあ、悪夢を楽しもう!
 
                      諸野脇@ネット哲学者
 

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