政党の略称が問題になっている。
〈たちあがれ日本〉が「日本」という略称を届け出ようとしているのだ。
しかし、「日本」という略称は〈新党日本〉が使ってきた略称なのだ。
新党「たちあがれ日本」が、夏の参院選の比例代表で用いる略称を「日本」と届け出る方針を固めたことが波紋を広げている。過去3回の国政選挙で略称を「日本」としてきた新党日本は当然、反発。さらに、公職選挙法に同一呼称を禁ずる規定がなく、論理的には、今後結成される新党が略称「民主」や「自民」などを名乗ることも可能だという。「同一の略称は混乱をもたらす。大変憂慮している」。新党日本の田中康夫代表は14日の記者会見で不快感を表明。さらに、比例代表票の案分を懸念して、「憲政史上初めて、同一略称で国政選挙に臨みかねない状況を放置するのか」とする質問状を総務省に提出したことを明らかにした。
田中氏は「『本物の民主』とか『まともな民主』という党を(政党要件を満たすため5人以上の)国会議員が作って、略称『民主』で届けられるかと総務省に聞いたら、『その通りだ』という驚くべき見解だった。2党だけの問題ではない」と訴えた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100414/stt1004142050014-n1.htm
田中康夫代表は「同一の略称は混乱をもたらす」と言う。
当然、「混乱」が起こるであろう。
しかし、総務省側にはそんなことは関係ないのだ。
彼らの論理はこうだ。
私達は法律に基づき行動する。
法律に規定が無い以上どうしようもない。
総務省側はハードボイルドの世界なのである。現実にどんな大問題が起こっても彼らには関係ない。「民主」や「自民」を名乗る政党が現れても彼らには関係ない。法律に基づき行動するのだから、法律が無ければ何もしない。法律ハードボイルドの世界なのだ。
このようなハードボイルドな総務省に現実の問題を訴えても無駄である。
総務省の行動を変えるためには、法律の問題として論ずる必要がある。
「法律が『同一略称』を禁止しているのだ」と主張する必要がある。
田中康夫氏はそのような論を立てるべきであった。
法律が無いことを理由にする相手に、現実の問題を訴えても無駄である。
そのような相手には、法律が有ると訴えるべきである。
上の記事には次のようにある。
公職選挙法に同一呼称を禁ずる規定がなく……
これは本当か。
実は、「同一呼称を禁ずる既定」はあるのである。
公職選挙法はもっと複雑である。
そして、公職選挙法の解釈はさらに複雑なのである。〔……続く……〕
諸野脇@ネット哲学者