公職選挙法に「同一略称を禁ずる規定」はある。(注1)
……〔略〕……名称及び略称は、第86条の6第6項の規定による告示に係る政党その他の政治団体にあつては当該告示に係る名称及び略称でなければならないものとし、同項の告示に係る政党その他の政治団体以外の政党その他の政治団体にあつては同項の規定により告示された名称及び略称並びにこれらに類似する名称……〔略〕……以外の名称及び略称でなければならない。
(公職選挙法 第86条の2 3)
非常に分かりにくい。
簡単にまとめると次の通りである。
1 政党は、届け出た略称を使わなくてはならない。
2 その他の団体は、それと同一の略称を使ってはならない。
政党以外の団体については、「同一略称を禁ずる規定」があるのである。しかし、政党についてはそのような規定は明文化されていない。(注2)
この条文をどう解釈するべきか。
弱小政治団体が大政党と同じ略称を使って利益を得ようとすることを禁じたのである。
それでは、政党については、なぜ「同一略称を禁ずる規定」が明文化されていないのか。
政党が別の略称を使うのは当たり前だからである。
政党が他の政党とは別の略称を使うのは当たり前である。政党ならば、他の政党との混同を避けたいと願うのが普通である。だから、別の略称を使う。
それため、「同一略称を禁ずる規定」が明文化されていないのである。
それでは、明文化されていないからといって、政党が「同一略称」を使ってよいのか。
既に、政党でない政治団体については禁じられているのである。
それが、政党にだけ認められるのは誠に不自然である。政党だけに「同一略称」を認める理由が思いつかない。
つまり、公職選挙法の趣旨との関係で条文を解釈するべきなのである。文理解釈だけでなく、論理解釈をおこなうべきなのである。(注3)
公職選挙法の趣旨を見てみよう。第1条「この法律の目的」を見てみよう。
この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。
「公明且つ適正に行われることを確保し」とある。つまり、投票する人の意志が「公明」「適正」に表せる「制度」を「確保」することが公職選挙法の趣旨である。
この趣旨に照らせば、「同一略称」は認めるべきではない。「同一略称」では、その略称を書いた人の意志が分からなくなる。どの党に投票したかが分からなくなる。それでは、投票する人の意志が「公明」「適正」に表せる「制度」ではなくなる。
それは、公職選挙法の趣旨に反する状態である。
公職選挙法の趣旨との関係で条文を解釈した。
政党についても、公職選挙法によって「同一略称」の使用は禁じられている。
明文の規定が無いのは、当たり前だからである。
こう解釈する方が自然なのである。
諸野脇@ネット哲学者
(注1)
公職選挙法の原文は次のページで読める。
● 公職選挙法(法庫)
(注2)
政党についての条文は次の通りである。
……〔略〕……当該政党その他の政治団体の名称及び一の略称を中央選挙管理会に届け出るものとする。この場合において、当該名称及び略称は、その代表者若しくはいずれかの選挙区において衆議院名簿登載者としようとする者の氏名が表示され、又はそれらの者の氏名が類推されるような名称及び略称であつてはならない。
(公職選挙法第86条の6)
(注3)
文理解釈と論理解釈については、次の文章をお読みいただきたい。
● どのように法律を解釈すればよいのか --文理解釈と論理解釈
コメント (2)
Great Chataro 様
コメント、ありがとうございます。
1 「彼らと同じ土俵」の解釈で勝つ。
2 「『上位の』規範」の解釈で勝つ。
どちらも大切です。
政治家にとっては1が大切です。
もともと、立法は議会の仕事です。政治家が自分の作った法律について知らない方がおかしいのです。(本当は役人が作ったのですが。苦笑)
ですから、「彼らと同じ土俵」で政治家が勝つのが当然なのです。
次の文章をお読みください。
● 総務省は、十年間もインターネットの選挙利用を妨害した責任を取るべきである ――総務省はこっそり公職選挙法の解釈を変えている
法律が変わっていないのに、十年前は閉鎖させられていたホームページが公開できるようになりました。それは、総務省が法律の解釈を変えたからです。現状では、行政にこのような大きな裁量権があるのです。しかし、こんなに大きな裁量権が行政にあること自体が間違っているのです。
役人が恣意的に法律を解釈して、現実を歪めているのです。
このような現状を改めなくてはいけません。
それを論じたのが次の文章です。
● 略称「日本」問題を分析する 3 ――政治主導とは役所から法律の解釈権を奪うことなのである
議会が法律を定めたのです。ですから、政治家はその解釈についてもよく知っているはずです。(本当は、役人の方がよく「知って」いるのですが。苦笑)
そのよく知っている解釈で、政治主導で行政を動かせばいいのです。
しかし、その関係が逆転している。
それが大きな問題です。
市民にとっては2も大切でしょう。「クビが危ないぞ、という責め方」は特に大切です。(笑)
役人が好き勝手な解釈をしているのは「クビ」にならないからです。上の文章で論じたように、役人に不当な法解釈の責任を取らせるべきです。
役人が責任を取らされるようになれば世界は変わるでしょう。
役人が「クビ」になるようになれば世界は変わるでしょう。
投稿者: 諸野脇@ネット哲学者 | 2010年05月13日 01:19
日時: 2010年05月13日 01:19
諸野脇先生
はじめてコメントします。おっしゃるように、総務相の態度は職務放棄としか思えませんね。また、小役人は自分の手が届く範囲でしか考えず、かつ自分が責任を負わないように振る舞うので、「当然解釈」ができないのでしょう。彼らと同じ土俵で、細かい技術論になると、水掛け論にしかなりません。もっと「上位の」規範を持ち出して、それに反したら、クビが危ないぞ、という責め方はどうでしょうか?たとえば、せっかく公職法1条で「日本国憲法の精神に則り」と明言しているのですから、紛らわしい名称の政党の存在によって、憲法上保障された「選挙権」(憲法15条)が侵害された、したがって当該選挙は無効となる(公選法204条)、という「解釈」は可能ではないかと思います。また、そのような違憲状態になることを予測しながら、「政治団体」の指定を行った選挙管理委員会および総務大臣に対して、行政不服審査法にもとづく申立を行うことも可能になるような気がします。いずれにせよ、真っ向から、役所の「解釈権」に反対することはとても重要だと思います。素人考え、失礼しました。
投稿者: Great Chataro | 2010年04月30日 00:49
日時: 2010年04月30日 00:49