« 死刑執行ロボット(法務大臣)に「責任」など無い | メイン | 死刑執行ロボット(法務大臣)を操作しているのは誰だ »

法治国家・三権分立の否定だと分からないのか

 法務大臣は六ヶ月以内に死刑執行の命令を下すように義務づけられている。しかし、現実には、7年半の時間がかかっている。極端な場合は、死刑囚が獄中で寿命まで生きることすらある。
 次の事実を確認してもらいたい。
 
 1 法律を守らせる立場の法務大臣が、法律を破っている。つまり、法治国家を否定している。
 2 司法で決定された判決を行政が変えている。つまり、三権分立を否定している。

 法務大臣が定められた期限を守っていない。つまり、法律を破っている。法律を守らせる立場の人間が自ら法律を破っている。これは、法治国家の根本を揺るがす大問題である。異常な状態である。これでは次のように考える者が出ても当然である。「法務大臣が法律を守らないんだから、法律は守らなくていいんだ。」
 死刑判決は司法が出したのである。それを法務大臣という行政の長が覆してしまっている。獄中で寿命まで生きた場合は、事実上、死刑を無期懲役に減刑したことになる。これは、三権分立の原則を否定する行為である。
 つまり、法務大臣は死刑について「責任」を感じてはいけないのである。「責任」を感じて「死刑を執行していいかどうか。」と考えること自体が三権分立の否定になるからである。裁判の判決を否定することになるからである。
 
 実は、私は、法務大臣が主義を持って行動することを認める。確信犯として、〈法務大臣という立場を占拠して、死刑の執行を意図的に止める〉という主義もあり得るだろう。
 しかし、主義は首尾一貫したものでなくてはならない。自分が何をしているかを知らずに、その行為をおこなうようではいけない。
 つまり、自分の行為が「法治国家を否定して、三権分立を否定してる」という事実を自覚しなくてはならない。
 また、主義を持ってした行為だということを公開できなければならない。「〈法治国家・三権分立より人命の方が大切だ〉という判断をして死刑執行を意図的に止めている。」と公の場で言い切らなくてはならない。
 主義には、首尾一貫性・公開性が必要なのである。そのような主義でなければ、大したものではない。尊重する必要はない。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://shonowaki.net/mt/mt-tb.cgi/34

コメントを投稿

About

2008年01月06日 23:55に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「死刑執行ロボット(法務大臣)に「責任」など無い」です。

次の投稿は「死刑執行ロボット(法務大臣)を操作しているのは誰だ」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34