新党さきがけは、自治省(当時)に〈インターネットの利用が公職選挙法に違反するかどうか〉を〈問い合わせ〉た。
〈問い合わせ〉ただけである。
だから、論理的には、自治省の解釈に影響を与えないはずである。
しかし、現実問題としては違う。
〈問い合わせ〉があったという事実自体が、彼らの解釈に影響を与えるのである。次のような情報を彼らに与えているのである。
1 〈問い合わせ〉が来るほど重要な問題である。
2 公職選挙法に違反しているかもしれない問題である。
〈問い合わせ〉をしたという事実が相手の解釈を変えてしまうのである。〈問い合わせ〉が無ければ、見逃していた問題に気がついてしまう。必要以上に、その問題を重要だと考えてしまう。
〈問い合わせ〉は、単なる〈問い合わせ〉ではない。〈問い合わせ〉という行為をおこなっているのである。
こちらが〈問い合わせ〉という行為をしたことが、相手の行動を変えてしまうのである。
松井証券が「個人投資家の投資行動」の研究を「無期限で延期」したという報道があった。
顧客の株式売買データなどを匿名で一橋大に提供する計画だったが、提供に同意しない顧客からの問い合わせが3千件以上も寄せられたため。松井は「説明不足の面もあり、延期を決めた」としている。……〔略〕……松井によると、5月30日に顧客向けのホームページで研究について、拒否する人は連絡するようにと呼びかけた。〔『朝日新聞』2007.6.6.〕
もう、読者の皆さんはお分かりであろう。
「拒否する人は連絡するようにと呼びかけた」こと自体が、顧客に間違った情報を与えたのである。〈「拒否」が必要なほど問題のある計画だ〉という情報を与えたのである。
「売買データ」を「匿名」で統計的に処理することは、顧客に何の被害も与えない。しかし、普通、何の被害も与えないような件で「呼びかけ」はおこなわない。このように「呼びかけ」られれば、〈何か問題があるのではないか〉と不安になるのは自然である。
新党さきがけは、このような〈問い合わせ〉行為自体の影響について無自覚であった。記号活動の複雑性を理解していなかった。
次のような区別が、この問題の理解の役に立つ。
意味論 …… 言葉とその指示対象との関係の分析
語用論 …… 言葉とその使用者との関係の分析
〈問い合わせ〉行為は、語用論の範囲の問題である。言葉によって使用者が影響を受けるのである。その影響が問題なのである。
新党さきがけは、その影響に無自覚であった。間違って意味論範囲の問題だと考えていたのである。
意味論と語用論の区別が出来ていなかったのである。