私は怒っている。
いまだに、インターネット選挙が実現していないからである。ほとんどの候補者が「自主規制」しているからである。「インターネット上での選挙活動が公職選挙法で禁止されている」という間違った「常識」に従っているからである。
かつて私は書いた。
来年の参議院選挙までに、何とかなるならばまだよい。しかし、このままでは、何年もかかる可能性がある。インターネット選挙が、何年も実現しない可能性がある。
● インターネット選挙になるべきだった選挙 -- あなたも公職選挙法に「違反」してみませんか
日付を見てみる。「2000年7月6日」
は?
2000年7月?
もう、約7年である。
確かに「何年もかか」っている。
もしかしたら、「何十年も」と書いておいた方がよかったのかもしれない。(苦笑)
その後も、2001年と2003年に文章を書いた。
● インターネット選挙は公職選挙法違反か --「馬」は「自動車」か
● インターネット上の選挙活動は自由である
これらの文章は定番的な文章になった。
そして、既にこのブログで書いたように現状は次の通りである。
1 論理的には、総務省・選管はまともに反論できていない。
2 現実的には、明白なインターネット上で選挙活動を「摘発」できない。
このような現状であるにもかかわらず、インターネット上の選挙活動は一般的になっていない。
依然として、選管・警察は次のように言い続けている。
「公職選挙法に抵触する。」
そして、ほとんどの候補者が、この根拠の無い「行政指導」に従っているのである。
この不明朗な状態をどのように解釈するべきだろうか。
「公職選挙法に抵触する」ならば、「摘発」すればよかったのである。「選挙期間中も毎日更新」と明示して更新を続けたホームページがあったのだから。
そして、それほど明白な「抵触」を「摘発」できないのに、彼らは他のもっと穏やかなホームページに「警告」を続けている。そして、候補者は、その理不尽な「行政指導」に従っている。なぜ、このような不明朗な状態になっているのか。
百歩譲って、公職選挙法がインターネット上の選挙活動を禁止していると認めてみよう。しかし、そうだとしても、なぜ、公職選挙法を改正できないのか。もう7年も経っているだ。
私は怒っている。
しかし、怒るだけではダメである。
哲学の問題としては、これは大変興味深い事例である。
なぜ、世界は変わらないのか。
読者の皆さんも、知っているだろう。世界は、なかなか変わらない。なぜ、世界は変わらないのだろうか。
この事例を分析することで、この問いに対して答えを出すことが出来るだろう。
次回、この問題を論ずる。
コメント (2)
ずっとコメントしようと考えているのですが、なかなかいいコメントが浮かびません。
変わらないことはいいことなのか、やはりよくないことなのか。
何が、ということが問題ですね。
さて、わたしは何を変えたいのか。
投稿者: 蒲谷 | 2007年04月18日 08:58
日時: 2007年04月18日 08:58
メッセージ、ありがとうございます。何とも、お答えしにくいのですが。
変わらないけれど、変えたいものをたくさん挙げてみると、発想が広がるかもしれませんね。
談合、差別、悪徳不動産業者……
>さて、わたしは何を変えたいのか。
それは、今ご著書にお書きになっている内容なのでは。(笑)
さあ、はじめましょう。
投稿者: 諸野脇 | 2007年04月24日 21:09
日時: 2007年04月24日 21:09