2008年06月30日

あなたの区では「区長へのメール」が区長に届いていますか?(苦笑)

 山崎孝明江東区長にメールを送ろうとした。江東区のホームページの「区長へのメール」コーナーからである。
 次のような内容である。
 
  ● 山崎孝明 区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できるか


 しかし、「区長へのメール」の説明には驚くべき事実が書いてあった。  

 (2)ご意見等の内容に応じて、広報広聴課から担当する所管課に送付いたします。

 「区長へのメール」が区長に届かないのである。「担当する所管課」に送られてしまうのである。そして、「処理内容」が「区長決裁文章」になるだけなのである。(注1) 
 江東区役所の「区長へのメール」は区長に届かない。
 これでは「区長へのメール」ではない。
 
 仕方がないので、担当者にメールを送った。
広聴担当者 様

 「区長へのメール」は、通常は担当課に回されるようです。
 しかし、先のメール(公開書簡も含む)は、早急に区長に直接お渡しください。
 次の理由によります。
 
 1 このメールは担当課の対応の改善を区長に求めるメールです。ですから、担当課に回されては意味がありません。
 2 既に、公開書簡は広く知られる文章になっています。グーグルで「山崎孝明」を検索すると4番目にこの文章が出てきます。
 http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-15,GGLD:ja&q=%e5%b1%b1%e5%b4%8e%e5%ad%9d%e6%98%8e
 
 既に、区長の対応が必要な状態になっているのです。
 そして、広報広聴課が何もしなくても、山崎孝明区長はお気づきになるでしょう。
 早急に区長にお伝えください。(注2)


 「区長へのメール」が区長に届くようにするために努力が必要なのである。何かがおかしい。(苦笑)
 他の自治体はどうなっているのか。
 横浜市のホームページを見る。 
Q5:
「市民からの提案」や「市長陳情」は本当に市長が見ているのですか?
A5:
「市民からの提案」や「市長陳情」は、すべてデータベース化されており、市長はパソコンから常時、閲覧できます。……〔略〕……
 http://www.city.yokohama.jp/me/shimin/kouchou/qa.html#a5

 「すべてデータベース化されており、市長はパソコンから常時、閲覧できます」とある。(注3)
 市長が、「すべて」の「市民からの提案」・「市長陳情」を直接読むことが出来るのである。「市長陳情」を市長が読むことが出来る。当たり前のことである。
 もちろん、この方がよい。
 あなたの自治体のシステムは、どうなっているだろうか。 
 「区長へのメール」・「市長へのメール」を首長が直接読むことが可能なシステムになっているだろうか。
 
 ホームページから「区長へのメール」・「市長へのメール」などの名目でメールを受けつけることは簡単である。そのようなコーナーがあれば、〈開かれた自治体である〉という印象を住民に与えることが出来る。
 しかし、それは格好をつけただけに過ぎない。問題は中身である。そのメールをどのように扱うかである。
 
                       諸野脇@ネット哲学者 
 
〔追記 7月1日〕

 上に書いたように、私の文章はグーグルの検索結果で4番目になっていた。
 しかし、現在は、順位が下がっているようである。(グーグルの順位は不可思議な変動をするのである。)
 でも、ヤフーで5番目である。(笑)

  http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E5%AD%9D%E6%98%8E&search.x=1&fr=top_ga1&tid=top_ga1&ei=UTF-8


(注1)

 念のため書く。
 江東区の「広聴」は比較的よい方なのである。
 次の文章で、そのよさを書いた。
 
  ● 欠点を自ら情報公開! 江東区役所はすばらしい!(苦笑)
     

 実は、「区長へのメール」がどのように扱われるのかを明確に説明しているのもよい。他の自治体と比較するとよい。
 どのように扱われるのかすら分からない自治体も多いのである。
 
 
(注2)

 このメールを受け取ったのは、広聴広報課のどなたなのか。
 受け取った方のお名前をお伝えいただけるようにお願いした。
 しかし、お返事がない。(苦笑)
 ご連絡、いただきたい。
 

(注3)

 横浜市の「広聴」はすごい。
 
  ● 「市民の声」の公表
  
 実に具体的な「投稿」と「回答」のやり取りが公開されている。さまざまな分野のやり取りが公開されている。
 中田宏市長が「すべて」の「市民からの提案」を「常時、閲覧」できるシステムが有効に機能しているのであろう。

2008年06月27日

山崎孝明 区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できるか

〔追記〕

 山崎孝明区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できたか。
 改善できなかった。

 一昨日、杉本健一課長からの手紙が届いた。次のような文言があった。
 
  「私の返事がなかったとのことで誠に申し訳ありませんでした。」
 
 なんと、これだけなのである。(苦笑)
 しかし、これだけでは済まないはずである。
 これは、「宿題をやらずに申し訳ありませんでした」と言うだけで宿題をやらないようなものである。「申し訳」ないと思ったら、その時に書くべきだった「返事」を今回の手紙で書くべきである。その時に書くべきだった謝罪(ないし反論)を今回の手紙で書くべきである。
 それを一言で済ましてしまっているのである。正にお役所仕事である。
 つまり、〈お役所仕事を止めよ〉という趣旨のメールに対して、お役所仕事をし続けているのである。
 「区長へのメール」で山崎孝明江東区長に直接訴えても何の変化もなかった。山崎孝明江東区長は、江東区役所のお役所仕事を改善できなかった。
 残念である。
 こちらとしては、後は、予告したことを粛々とおこなっていくまでである。
 
                                         (2008.7.7.)


江東区長 山崎孝明 様

 先日は、お手紙をいただき、ありがとうございました。
 一区民の要請に応じて、区長自らが手紙を出すというのは異例のことでしょう。
 もちろん、お手紙の内容には異論があります。しかし、意見の違いを越えて、山崎孝明区長の行為には敬意を表します。公権力を行使する責任者が、公権力を行使する理由を明示する姿勢には敬意を表します。
 
 しかし、不思議なことがあります。山崎孝明区長のお手紙は、江東区役所がお役所仕事で私に迷惑をかけていることに一言も触れていないのです。
 私は次の文章でお役所仕事の悪さを批判しました。
 
  ● 江東区役所にはサービス精神とペンが無い
   http://shonowaki.net/2008/04/post_36.html
 
 また、担当課にも再三お役所仕事を止めるように申し入れをしました。
 しかし、いまだにお役所仕事が改善されないのです。
 
 これは誠に不思議なことです。山崎孝明区長は、区民の意見に耳を傾ける姿勢がある方のようです。それなのに、私のお役所仕事批判に一言も応えない。また、お役所仕事自体も全く改善されない。不思議です。
 
 もしかしたら、江東区役所のお役所仕事の実態を山崎孝明区長はご存じないのかもしれません。つまり、杉本健一課長から、情報が山崎孝明区長に上がっていないのかもしれません。
 それならば分かります。この場合も、もちろん、山崎孝明江東区長には管理責任はあるでしょう。しかし、役所は大きな組織です。なかなか変えるのは難しいものです。私も、直接、江東区役所とやり取りして実感しました。実態が分かった時に、変えていけばよいのです。
 
 上のように考えましたので、この手紙は担当課を通してではなく、ホームページの「区長へのメール」からお送りさせていただきます。
 
 どうぞ、今までの経緯をご確認いただき、適切な対応をしていただけるようお願いいたします。
            
                                     2008.6.27.
                                          諸野脇 正
                    
〔補〕

 この文章は実験の文章です。政治家が、お役所のひどい対応を変えられるかどうかの実験です。
 なぜ、役人はお役所仕事を繰り返すのでしょうか。役人は、評価にさらされていないからです。区民に対してお役所仕事を繰り返しても、彼らは損をしないのです。言い換えれば、区民に向き合うインセンティブがないのです。ですから、担当課に何度言っても、対応が改善されないのです。
 しかし、政治家は役人とは違います。政治家は評価にさらされるからです。政治家には選挙があるのです。区民に向き合うインセンティブがあるのです。
 ですから、役人自身では解決できない問題も、政治家ならば解決できるはずなのです。山崎孝明江東区長に期待します。
 
 なお、対応が改善されたかどうかは「追記」で報告します。

2008年06月15日

【オリコン訴訟 判決批判2】オリコンが明言した「殺意」を無視する異常な判決

■ 損害額が五十分の一に減額されても「妥当」?

 東京地裁・綿引穣判決に対して、オリコンが次のようなコメントを発表している。

  ……〔略〕……このような判断が示されたことを、きわめて妥当なことと考えております。
   ● 訴訟の判決に関するお知らせ ( 2008-04-22 )
 
 誠に奇妙なコメントである。
 なぜ、「妥当」なのか。納得いかない判決ではないのか。損害額が五十分の一に減額されているのである。
 オリコンは、損害賠償として五千万円を請求していた。それにも関わらず、損害額が百万円しか認められなかった。
 普通に考えれば、オリコンは不服なはずである。
 だから、普通ならば、次のようなコメントを出すはずである。 
  ……。しかし、損害額が正当に評価されなかったのは残念である。
 
 それなのに、オリコンは「きわめて妥当なこと」と言う。
 なぜ、「妥当」なのだろうか。
 実際には、五千万円の損害を被っていないからであろう。五千万円の損害を被っていたら「妥当」などとは言っていられない。悔しい気持ちになるはずである。


■ 〈損害賠償目的〉ではなく〈言論抑制目的〉だから、五十分の一でもいいんだ

 オリコンは、判決で損害額を五十分の一に減額されても「妥当」と言う。誠に奇妙である。 

 百万円で「妥当」ならば、最初から百万円の損害賠償を求めればよかったのだ。
 
 オリコンは、百万円で「妥当」なのに、五千万円の損害賠償を求めた。つまり、そのような金銭的被害を受けていないのに、高額訴訟を提起したのである。(注1)
 現に、訴訟を提起した理由をオリコン社長・小池恒氏は次のように言っていた。 
 我々の真意はお金ではありません。……〔略〕……烏賀陽氏に「明らかな事実誤認に基づく誹謗中傷」があったことを認めてもらい、その部分についてのみ謝罪をして頂きたいだけです。その際には、提訴をすぐに取り下げます。
  ● 「ライター烏賀陽弘道氏への提訴」について
 
 また、『J-CAST ニュース』において、オリコンのIR担当者は次のように言う。 
 賠償金が欲しいというのではなく、これ以上の事実誤認の情報が流れないように(多額の賠償金を課すことで)抑制力を発揮させたい
  ● 雑誌にコメントしたライター 5,000万円賠償請求される
 
 オリコンは自ら〈「お金」・「賠償金」が目的ではない〉という趣旨を述べていた。〈「抑制力を発揮」させることが目的である〉とういう趣旨を述べていた。
 この事実を踏まえれば、賠償金が百万円でもオリコンが満足である理由がわかる。もともと、〈損害賠償目的〉ではなく〈言論抑制目的〉の訴訟だったのである。SLAPP(恫喝訴訟)だったのである。だから、オリコンは賠償金がいくら減額されようとかまわない。〈言論抑制〉が達成できればいいのである。


■ 〈言論抑制目的〉のオリコンの訴訟を綿引穣裁判長はどう判断したか

 つまり、オリコンは、本来の目的ではない目的で裁判所を利用しているのである。
 損害賠償を求めるのは、損害が発生しているからである。損害が無いのに、損害賠償を求めるのは裁判制度の濫用である。別の目的で訴訟を起こすことは裁判制度の濫用である。
 言い換えれば、裁判所はなめられているのである。
 このようなオリコンの言動に対して東京地裁・綿引穣裁判長はどのような判断を下しているか。 

 ……〔略〕…… 一般に、名誉毀損訴訟においては、被害額が高額に設定されるのが通常であって、請求額と容認額との間にかなりの差が生じることも稀ではない。したがって、原告が5000万円の損害賠償を求めていることをもって、本訴の提起を違法と評価することはできない。(注2)
 〔東京地裁判決 41ページ〕
 
 分かり易く言い換えてみよう。 
 名誉毀損訴訟では、ふっかけるのが当たり前なんだよ。
 だから、ふっかけてもいいんだよ。
 
 目も醒めるような暴論である。(注3)
 それでは、具体的に問おう。「一般に」高額訴訟を起こす者が、自ら〈「お金」・「賠償金」が目的ではない〉と述べたりするのか。〈「抑制力を発揮」させることが目的である〉と述べたりするのか。
 そんなことはない。
 高額訴訟を起こす者は、多くの場合、実際に高額の損害が発生したと信じているのである。また、そうではない場合も、対外的にはそう信じているふりをするのである。
 オリコンはどちらでもない。「腹黒い」意図を隠しもしないのである。
 オリコンは「腹黒い」意図を明言した特殊な企業である。(さらに、今回も、判決に対して「妥当なこと」とコメントして、〈言論抑制目的〉であったことを示してしまった。)
 
 
■ オリコンの「腹黒い」意図を全く検討しない綿引穣判決

 オリコンは特殊な企業なのである。〈言論抑制目的〉で訴訟を起こしたと明言する特殊な企業なのである。
 しかし、綿引穣裁判長の判決文には、この事実の検討が一切無い。綿引穣裁判長は〈言論抑制目的〉で損害賠償訴訟を起こすことを認めるのか。本来の目的外での訴訟を認めるのか。裁判所をなめたオリコンの言動を認めるのか。
 この事実は、既に烏賀陽弘道氏の弁護団が指摘している。当然、綿引裁判長は知っていたはずである。
 それにも関わらず、綿引穣判決にはこの事実の検討が全くない。 

 オリコン自身が〈言論抑制目的〉という意図を明言した事実がある。
 しかし、判決文では、この事実の検討が全くなされていない。
 
 誠に不思議である。
 なぜ、この事実に一言も触れずに判決文が書けるのか。
 この裁判の中心的争点は次のものである。 
 オリコンの行為はSLAPP(恫喝訴訟)か。
 裁判制度を〈言論封殺目的〉で濫用することを認めるのか。
 
 オリコンが「腹黒い」意図を明言している事実は、この中心的争点を検討するために必要不可欠である。
 しかし、綿引穣裁判長は、この事実を一切検討していない。


■ 「ぶっ殺そうと思った」と明言しても無罪?

 喩えれば次のような状態である。 

 金属バットで人を殴り殺した者が逮捕された。
 容疑者自身が次のように証言した。
 
 「ああ、ぶっ殺そうと思ったんだよ。」
 
 しかし、裁判長は無罪を言いわたす。判決文には次のようにある。
 
 「一般に、金属バットは振り回すものである。したがって、金属バットを振り回したことをもって、本件を違法と評価することはできない。」
 
 もし、このような判決を出したら、その裁判長は正気ではないと評価されるであろう。
 人に向かって金属バットを「振り回した」のである。また、本人が「ぶっ殺そうと思った」と証言したのである。「殺意」を明言しているのである。その事実を無視する判決は異常である。
 オリコン訴訟における綿引穣判決はこれと同じである。オリコンは「殺意」を明言しているのである。それを無視する判決は異常である。
 綿引穣裁判長は正気ではない。または、著しい能力不足である。
 法曹界は、このような異常な判決を認めるのであろうか。そうではないだろう。
 法曹界から、この異常な判決に厳しい批判が出ることを期待する。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 まず、オリコンは、五千万円の損害が生じた証拠を全く示していない。
 『サイゾー』誌に載った一言のコメントで、どうして五千万円もの損害が発生するのだろうか。
 

(注2)

 この判決文は「一般に~。したがって~。」という形式である。
 綿引穣裁判長は、一般論をオリコンの場合に適用している。しかし、オリコンは、その一般論が適用できない特殊な例なのである。
 これは〈一般論過剰適用の虚偽〉である。
 この虚偽は次の文章で詳しく説明した。
 
  ● 東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽
 
 
(注3)

 オリコンは、一個人に対して五千万円もの高額損害賠償を求めた。「被害額が高額に設定される」こと自体が〈言論抑制〉効果を生む。この当たり前の原理が、綿引穣裁判長には分からないらしい。


2008年04月30日

【オリコン訴訟 判決批判1】東京地裁・綿引穣裁判長のSLAPP(恫喝訴訟)容認論の虚偽

■ 虚偽だらけの綿引穣判決

 東京地裁・綿引穣裁判長の判決は虚偽だらけである。(注1)
 例えば、綿引穣裁判長はオリコンが烏賀陽弘道氏個人を訴えることを認める。SLAPP(恫喝訴訟)を容認する論を展開する。次のようにである。 

 一般に、不法行為責任を負担する者が複数存在する場合に、その被害者が全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務を負うことはない。
 したがって、原告が、本件雑誌(サイゾー)の発行者や本件記事(サイゾー)の編集者に対して訴訟を提起せず、被告〔烏賀陽氏〕に対してのみ訴訟を提起したことをもって、本訴の提起を違法と評価することはできない。
 〔東京地裁判決 41ページ〕

 これは虚偽の論法である。
 「一般に」「全ての不法行為責任者」を訴える「義務」が無いからと言って、名誉毀損訴訟において出版社を訴える「義務」が無いとは言えない。
 名誉毀損訴訟の場合は、必ず出版社を訴えるべきである。訴える「義務」がある。なぜか。
 名誉毀損の「主犯」は出版社だからである。「主犯」を抜きにして、「従犯」であるコメント提供者だけを訴えるのは著しく不合理だからである。もっとも重要な「不法行為責任者」を抜きにした訴訟は著しく不合理だからである。


■ 拳銃を撃った実行犯を訴えない訴訟を認めるのか

 次のような喩えが分かり易いであろう。 

 殺人事件が起こった。
 実行犯と実行犯に拳銃を渡した者の二人が逮捕された。
 しかし、なぜか、実行犯は訴えられない。拳銃を渡した者だけが訴えられる。
 「全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務」は無いからである。
 
 綿引穣裁判長はこのような訴訟を認めるのか。
 殺人事件で実行犯を訴えないことはありえない。
 拳銃だけでは殺人は成立しない。拳銃を発射する行為があって初めて殺人は成立するのである。だから、実行犯を訴えない訴訟はどう考えても不合理である。
 名誉毀損もこれと同様である。コメント(拳銃)だけでは名誉毀損は成立しない。出版(拳銃を発射する行為)があって初めて名誉毀損は成立するのである。(注2)

 
■ 損害額全額の支払いを実行犯でない者に要求する異常さ

 さらに、具体的に問おう。
 綿引穣裁判長は、烏賀陽弘道氏に対してオリコンへ100万円を支払うように命じた。
 この100万円は、どういう金額なのか。
 綿引穣裁判長は言う。

 ……〔略〕……本件コメント(サイゾー)による名誉毀損によって原告が被った損害の額は、100万円と認めるのが相当である。
 〔東京地裁判決 41ページ〕
 
 「損害の額は、100万円」とある。これは「損害」の総額である。
 なぜ、「損害」の総額を「従犯」である烏賀陽弘道氏が全額払わなければならないのか。もし、払う必要があるのならば、「主犯」である出版社と烏賀陽弘道氏が共同で支払うのが当然である。責任の割合に応じて負担するのが当然である。
 先程の喩えを思い出して欲しい。 
 家族を殺害された遺族が損害賠償請求の訴訟を起こす。しかし、なぜか、実行犯は訴えられない。拳銃を渡した者だけが訴えられる。そして、損害額が1億円と認定される。その損害額全額が拳銃を渡した者に請求される。
 
 綿引穣裁判長はこのような状態を認めるのか。
 著しく不合理であるとは考えないのか。

 
■ 正しい判決文はこうだ

 要するに、綿引穣裁判長は虚偽の論法を使ったのである。名誉毀損の実態を踏まえずに、一般論を過剰に適用したのである。
 先の判決文を正しく直せば次のようになる。 

 一般に、不法行為責任を負担する者が複数存在する場合に、その被害者が全ての不法行為責任者に対して訴訟を提起する義務を負うことはない。
 しかし、主要な不法行為責任者に対して訴訟を提起しない行為は、著しく不合理である。名誉毀損は出版抜きでは成立しない。ゆえに、出版社に対して訴訟を提起しない場合、著しく妥当性を欠く訴訟であると判断される。
 ゆえに、オリコンの訴えは妥当性を欠く。

 綿引穣裁判長はこう言えばよかったのである。
 しかし、綿引穣裁判長は、名誉毀損の実態を見ずに一般論を適用した。虚偽の論法を使ってしまった。


■ 重大な問題を引き起こす虚偽の論法

 綿引穣氏の論法を使えば、次のようにさまざまな間違った主張が出来る。 

 一般に、鳥は空を飛ぶ。したがって、ニワトリは空を飛ぶ。〔「空を飛ぶ」というほど長い距離は飛べない。〕
 一般に、裁判官は論理的である。したがって、綿引穣裁判長は論理的である。〔明らかに論理的ではない。〕
 
 これは、一般論を不適切な特殊例に適用してしまう間違いである。
 このような間違いを〈一般論過剰適用の虚偽〉と名づけよう。一般論を、適用するべきでない事例にまで過剰に適用してしまう間違いである。(注3)
 綿引穣裁判長がこのような虚偽の論法を使っていることは重大な問題である。このような虚偽の論法でSLAPP(恫喝訴訟)が認められてしまっている。個人に不当な負担が課せられている。そして、ジャーナリズムが危機に瀕しているのである。
 虚偽の論法が重大な問題を引き起こしているのである。
 だから、次回以降、さらに綿引穣判決の虚偽を批判していく。
 
                        諸野脇@ネット哲学者


(注1)

 哲学用語での「虚偽」とは、「間違った論証」のことである。
 一般的に「虚偽の主張をした」と言えば、「意図して嘘の主張をした」という意味になるだろう。しかし、哲学用語では、単に「間違った主張をした」という意味になる。
 哲学用語の「虚偽」には、意図を批判する意味は無い。
 この点、注意していただきたい。
 

(注2)

 もちろん、烏賀陽弘道氏のコメントは名誉毀損に問われるような内容ではない。だから、烏賀陽弘道氏のコメントは「拳銃」ではない。しかし、ここでは話を分かり易くするために、烏賀陽弘道氏のコメントが「拳銃」であるという比喩を使っている。
 だから、もちろん、烏賀陽弘道氏は「従犯」でもない。


(注3)

 これは、哲学・論理学の世界では、「単純偶然の虚偽」として知られる虚偽である。 

単純偶然の虚偽〔fallacy of direct (simple) accident〕
 一般的主張を特殊の場合にそのまま適用するために生じるアヤマリ〔思想の科学研究会編『哲学・論理用語事典』三一書房、184ページ〕
 
 しかし、なんとも名前が分かりにくい。
 だから、〈一般論過剰適用の虚偽〉と名づけた。


〔補論〕

 念のため、出版社が「主犯」である理由を詳しく説明をしておこう。
 それは、名誉毀損が成立するためには出版が不可欠だからである。
 例えば、私のノートにこのような内容が書いてあったとする。 

 オリコンのチャートは予約枚数もカウントされている。大手レコード会社は、大量買い取りなどでオリコンのチャートを操作しようとしている。お金をもらって、オリコン自身がチャートを操作したこともあるらしい。
 実は、オリコンはヤクザのフロント企業である。小池恒社長の背中には刺青が入っている。……

 どんなことがそのノートに書いてあってもいい。
 それが出版されない限り、ノートの内容を他者が読むことはない。出版されて初めて、読者の目に触れる。多数の目に触れる。多数の目に触れることによって、評判の低下が起こる。つまり、名誉毀損が起こるのである。
 つまり、出版されない限り、名誉毀損は成立しないのである。 
 名誉毀損が成立するためには出版が必要不可欠である。
 
 出版を抜きにした名誉毀損はあり得ない。
 つまり、名誉毀損の「主犯」は出版社なのである。


2008年04月27日

【オリコン訴訟】東京地裁が〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決を出す

 オリコン・烏賀陽訴訟で、東京地裁の判決が出た。次のような内容である。(注)

 烏賀陽弘道氏はオリコンに百万円を支払え。烏賀陽氏側の反訴は棄却する。

 誠に異常な判決である。強い憤り感じる。
 この判決は、一言で言えば、〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決である。
 この判決は次のような事実を示した。
 電話取材を受けコメントしただけで、訴訟を起こされ数百万円のお金を取られる可能性がある。また、出版社を訴えず、コメントした人だけを訴えてもよい。
 
 これはSLAPP(恫喝訴訟)を認める判決である。司法を利用した嫌がらせを認める判決である。
 このような判決が認められれば、ジャーナリズムは成立しなくなる。
 この判決は、どのような世界を導くのか。
 電話取材に答える人はいなくなる。そんなリスクを負って、電話取材に答える人はいないであろう。
 電話取材だけが危険なのではない。これは情報源への攻撃なのである。ありとあらゆる取材に答えることが危険である。訴訟の対象にされて高額な賠償金を求められる可能性がある。しかも、出版社から切り離されて、自分一人だけが訴えられるのである。
 このような危険性があっては、情報源が口を閉ざしてしまうであろう。つまり、ジャーナリズムが成立しなくなるであろう。
 
 東京地裁の判決は、正に〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決なのである。
 既に、このような危惧は、烏賀陽弘道氏自身が詳しく述べている。
 
  ● オリコン訴訟について烏賀陽はこう考えます
 
 私も、次の文章でオリコン訴訟の危険性を指摘した。
 
  ● ジャーナリスト個人を対象にした高額訴訟の不当性  --反SLAPPの論理
 
 しかし、それにも関わらず、〈ジャーナリズムなど消えてしまえ〉判決が出てしまった。
 なぜ、このような異常な判決が出たのか。裁判長の綿引穣氏が虚偽だらけの異常な思考をしているからである。
 東京地裁の判決は、虚偽だらけの異常な判決である。(私は、東京地裁の判決文を繰り返し読んだ。不快さのあまり気分が悪くなった。)
 東京地裁の判決文は虚偽だらけである。今後、連続して東京地裁の虚偽を指摘していく。つまり、異常な判決がどのように異常かを説明していく。

                        諸野脇@ネット哲学者
 
(注)

 詳しくは以下の記事を参考。
 
  http://www.ohmynews.co.jp/news/20080422/23819
  http://www.news.janjan.jp/media/0804/0804225490/1.php
  http://www.j-cast.com/2008/04/22019316.html
  
 判決文の原文は次の通り。
 
  http://ugaya.com/column/080422oricon_verdict.pdf
 

2008年04月21日

欠点を自ら情報公開! 江東区役所はすばらしい!(苦笑)

 江東区のホームページを見る。
 次のような意見を発見し、「これはひどいな。」と思う。

ご意見
区政相談に行きました。
相談員はまあまあでしたが、「今日はどんな相談ですか?」と言い、メモをとることはしなかった。相手の気持ちになって、もっと親身になってもよいのでは。言われてから、メモを取った。頭に入っていると言っていた。
  http://www.city.koto.lg.jp/php/faq_detail.php?faqid=1740

 どうやら、江東区役所には「メモをとる」習慣が無いようである。
 私も同じ目に会っている。
 
  ● 江東区役所にはサービス精神とペンが無い
 
 これは「親身にな」っていることが感じられないお役所仕事である。もちろん、お役所仕事は悪い。
 しかし、注目していただきたい事実がある。
 この意見は江東区のホームページに載っているものである。江東区役所は、批判的な意見を自ら公開しているのである。欠点を自ら公開しているのである。
 この点で、江東区役所の情報公開は非常によい。
 江東区役所の情報公開の実例は次のページを見てもらいたい。
 
  ● いただいたご意見と回答
  
 批判的な意見も含めて、多くの意見が公開されている。(また、それに対する江東区役所の回答も公開されている。)
 すばらしい。
 批判的意見を情報公開することが必要である。
 自分に都合の悪い事実を情報公開することが必要である。

 江東区役所は、自分に都合の悪い事実を公表している。だから、私が江東区役所の言動を批判できたのである。逆に言えば、江東区役所は、私に批判してもらうことが出来たのである。批判は進歩の母である。
 しかし、このような情報公開は、なかなか出来ない。あなたが所属してる組織を考えて欲しい。あなたの会社はこのようなことが出来るであろうか。ホームページ上で意見を求め、批判的意見も含めて情報公開する。多くの会社は、そのようなことは出来ないだろう。

 このような観点で見ると、江東区役所は大変すばらしい。
 後は、お役所仕事を直すだけである。
 当面、まずメモを取ろう!(苦笑)
 

〔補〕
 ちなみに、上の意見に対する回答は下の通りである。
 これは、紋切り型の回答に過ぎない。だから、本当に「指導・監督を徹底」できているか疑問である。現に、私の時も、メモを取っていなかったのである。

回答
広報広聴課の区民相談窓口では、日頃から、区民の皆様からの様々な相談等に対して親切丁寧な対応に努めているところです。
また、相談内容については必ず記録をし対応をしておりますが、いただきましたご意見のように、職員の執務態度につき、区民の方から誤解を招くことのないよう、今後とも、本人をはじめ、他の職員にも改めて指導・監督を徹底してまいります。

2008年04月20日

江東区役所にはサービス精神とペンが無い

 江東区役所のお役所仕事に疲れている。(苦笑)
 
 1 江東区役所のK氏と約一時間話した。そして、最後に連絡先を伝えようとしたところ、「少々お待ち下さい。ペンを探しますから。」と言われた。江東区役所のK氏には、区民の話を真摯に聞いて、メモを取る習慣が無いらしい。ペンも無いらしい。
 2 私は、江東区の主張の根拠を示すように求めた。すると、法令集のコピーの束が送られてきた。しかし、それについて何の説明も無い。根拠になる条文にしるしをつけることすらしていない。私が条文を探し、どう根拠になるのか考えなければいけないらしい。
 3 上のような状態に対して抗議して、上司からの回答を求めた。しかし、具体的な弁解が無い。その前に、新しく現れた人物が上司かどうかすら分からない。上司だと名乗らないから。(苦笑)
 
 つまり、江東区役所には、区民と普通に話し合う姿勢が無い。まともに、会話が成り立たないのである。
 古くからの読者の方は、あの会社を思い出すであろう。
 そう。三菱地所である。
 
  【三菱地所の情報隠蔽体質批判1】
  ● インターネットによる情報公開は社会をどう変えるか
   
  【三菱地所の情報隠蔽体質批判2】
  ● 〈反-対話戦略〉を破壊せよ
   
  【三菱地所の情報隠蔽体質批判3】
  ● 情報公開は、だまされない権利を個人に保障するためのシステム
 
 江東区役所の対応は、この三菱地所の異常な顧客対応に似ている。
 あまりにひどい江東区役所の対応に疲れ果て、友人に次のように言う。
 
 「江東区役所の対応が三菱地所の異常な対応に似ていて、疲れる。」
 
 すると、笑いながら、次のように言われる。
 
 「三菱地所がお役所仕事なんですから、お役所の方が本家ですよ。」
 
 そうか。俺は今、お役所仕事の本家と闘っているのか。
 疲れるはずだ。(苦笑)
 

江東区役所は、お役所仕事をやめよ。(お役所にこう言うのも変な話だが。)

 これは、〈私の主張を認めよ〉という意味ではない。〈主張を認める認めないの前に、きちんと相手と向き合え〉という意味である。
 
 江東区役所にはサービス精神とペンが無いようである。
 サービス精神もペンも大切である。
 ちゃんと準備した方がいい。
 
                         諸野脇@ネット哲学者


〔補1〕
 サービス精神が無かった三菱地所は、その後どうなったか。
 社長が辞任せざるを得なくなった。(これは、土壌汚染隠しをしてマンションを売っていたからである。顧客に対して不誠実な対応をする体質に罰がくだったである。)
 異常な顧客対応を繰り返したI氏は、その後、会社を辞めたようである。(辞めさせられたのだろうと想像する。)
 
〔補2〕
 今のところ、江東区役所の担当者の名前は匿名にしている。武士の情けである。
 しかし、対応が改まらない場合は、実名で詳しく批判することも考えざるを得ない。
 江東区役所の異常な顧客(区民)対応の資料は十分に揃っている。
 役所という閉じた組織にいるから、その異常さに気がつかないのである。

2008年02月09日

デイトレーダーは「バカで浮気で無責任」か

 デイトレーダーについて、経済産業省の北畑隆生事務次官が次のように述べた。

 経営にまったく関心がない。本当は競輪場か競馬場に行っていた人が、パソコンを使って証券市場に来た。最も堕落した株主の典型だ。バカで浮気で無責任というやつですから、会社の重要な議決権を与える必要はない。
 ● 経産次官「デイトレーダーはバカで無責任」 講演で発言 (asahi.com 2008.2.8.)

 デイトレーダーは「バカで浮気で無責任」なのか。
 経済産業省の次官が、このような観点でデイトレーダーを批判するのは適切か。
 適切ではない。
 デイトレーダーなしでは、経済も産業も成り立たないのだ。デイトレーダーは、経済・産業に必要不可欠なのである。
 なぜか。
 デイトレーダーは、市場に流動性を与えているのだ。

 長期投資家がある会社の株を買おうとしたとする。しかし、売ってくれる人がいなければ買うことは出来ない。その株を売ってくれるのはデイトレーダー(短期投資家)なのだ。
 長期投資家が株を売る場合も同様である。売るためには、買ってくれる人が必要なのだ。その時、偶然、長期投資家が株を買ってくれる確率はとても低い。何しろ、長期投資家は売買する回数が少ないのだ。買ってくれるのはデイトレーダーだ。
 
 さらに考えてみよう。デイトレーダーがいなければ、売りたい時に株を売れなくなる。売りたい時に売れないものを買う人がいるだろうか。流動性がなければ、市場自体が成立しなくなる。
 デイトレーダーがいなければ、株式を公開すること自体が不可能になる。株式を公開しようとしても、買う人がいなくなってしまう。産業界が資金を調達できなくなる。
 つまり、現在の経済・産業自体が成り立たなくなる。
 次のようなたとえが分かり易い。
 デイトレーダーは微生物なのだ。

 我々の世界は、微生物なしでは成り立たない。
 確かに、納豆菌は、大豆を納豆にしようとは思っていない。つまり、納豆菌は、大豆の「経営にはまったく関心」がない。だからと言って、納豆菌が「バカで浮気で無責任」だと批判する人がいたら、その人はどうかしているだろう。さらに、その人が納豆会社の社長だったら、正気を疑われるだろう。(笑)
 経済産業省の次官がデイトレーダーを「バカで浮気で無責任」と批判するのは、これと同じである。とても正気とは思えない。
 デイトレーダーは経済・産業に必要不可欠なのである。
 デイトレーダーは納豆菌なのである。
 納豆会社の社長ならば、納豆菌にはお礼を言うべきであろう。(笑)

                        諸野脇@ネット哲学者


2008年01月28日

確信犯的構造

 選挙にインターネットを活用し続ける門真市議・戸田ひさよし氏に警察から「警告」が来た。公職選挙法違反の容疑である。
 
  http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=3041;id=
 
 しかし、戸田ひさよし氏は喜んでいる。
 
> 戸田HPの断固たる選挙活用をこの8年間無視していた警察が、ようやく「警
>告」を出して、面白くなってきました。私の「闘争アドレナリン」が湧き出て来
>ています。
 
 普通、警察から「警告」を受けて喜ぶことはない。
 なぜ、戸田氏は喜んでいるのか。
 戸田氏が「確信犯」だからである。

確信犯
 宗教的教義や政治的信念を貫徹するためにあえて法を犯す犯罪であり,社会の変動期に政治犯罪として表われることが多い。確信犯人は,自己の行動が現行の法秩序に違反するという自覚は有しながら,より高い次元の法の理念を実現しようとする点で,犯罪動機を抑止する反対動機の形成が期待できないところに特徴がある。〔『ブリタニカ国際大百科事典 小項目版』〕
 
 確信犯とは、「信念を貫徹するためにあえて法を犯す」者である。「法を守ることは正しくない。法を犯す方が道徳的に正しい。」との信念を持つ者である。
 戸田氏は「確信犯」なのである。だから、「警告」が来ても喜んでいるのである。「警告」が来るのは、自分が正しい行為をした証拠なのである。
 厳密に言うと、戸田氏は確信犯ではない。インターネットの活用は公職選挙法に違反していないからである。総務省がそう解釈しているだけだからである。だから、「確信犯」とカッコを付けて表記した。
 しかし、戸田氏は、総務省・警察がそのような解釈をしていることを知っていた。知っていて、その解釈に従わなかった。「解釈に従わない方が道徳的に正しい。」という信念を持っていたからである。
 ここに確信犯的構造がある。
 
 実は、私も喜んでいる。
 次のような文章を書いたことがある。
 
  ● 【緊急提案】せっかくだから戸田ひさよし議員を逮捕したらどうか
   
 大阪府警も、やっと筋を通す気になったのであろう。
 「確信犯」を相手にするのは面倒なのである。
 その面倒をいとわず、大阪府警が頑張ってくださるのならば大変ありがたいことである。
 あえて火中の栗を拾おうとしてくださっているのである。
 大阪府警は「より高い次元の法の理念を実現」するための同志と言ってもいい。(笑)
 大阪府警の「英断」に期待する。
 
                         諸野脇@ネット哲学者


2008年01月27日

候補者をインターネットによる評価にさらそう

 選挙において、どの候補者を選ぶかはたいへん難しい問題である。
 例えば、車を選ぶよりも、たいへん難しい選択である。そして、たいへん重要な選択である。しかし、候補者の情報は非常に少ない。

 車の情報より、候補者の情報の方が少ない。

 車については、馬力等のさまざまなデーターが一覧表にされて比較されている。また、試乗記などの形で、実際にその車に乗って分かった事実が公表されている。これらはインターネット上で容易に見つけることが出来る。
 なぜ、インターネット上で、候補者の政策を一覧表にして比較しないのか。また、なぜ、候補者の今までの言動を評価しないのか。
 〈インターネットの利用が公職選挙法で禁止されている〉という間違った説に多くの人が従ってしまっているからである。
 この現状は私のブログで詳しく分析した。
 
  ● インターネット選挙 アーカイブ
  
 その中で、例外的にインターネットを活用し続けているのが戸田ひさよし氏のサイトである。今回は、インターネットを利用して、大阪府知事候補・橋下徹氏の言動を激しく批判している。
 
  ● 府知事選特集
  
 確かに、戸田ひさよし氏の後のチェ・ゲバラは気になる。(笑)
 戸田氏の発言が誹謗中傷だと思う人もいるかもしれない。
 しかし、それはそれでいいのだ。サイトを閲覧した人が自分で判断すればよい。(現に、戸田氏が公開したYouTube上の動画には否定的なコメントもついている。)
 また、橋本徹氏を支持する側も、反論・批判のサイトを作ればよい。
 多くの人の意見がインターネット上に公開されることによって、候補者のよし悪しが分かるのだ。
 候補者をインターネットによる多様な評価にさらすべきである。

 多様な評価こそが必要なのだ。
 しかし、現状では、候補者の評価がほとんどおこなわれていない。評価を妨害しているのが、総務省による公職選挙法の間違った解釈である。また、多くの人々がそれに従っていることにも問題があるだろう。
 車の情報よりも、候補者の情報が少ない事実を味わってみよう。
 不思議な私達の世界を味わってみよう。
 その中で、戸田ひさよし氏のサイトは一貫してインターネットを活用し続けている点でありがたい。
 そのありがたさと、チェ・ゲバラやサイトの内容の是非は別の問題である。(笑)

                         諸野脇@ネット哲学者